【狂文】発狂用意

死ヶ崎 つくね4(ですがさき つくねよん)の脳はもはや限界であった。

 

四股名を点対称と名じられた彼は、彼の通う相撲部屋で複雑かつ多層的な振動と衝撃を加えられていた。彼は端的に言って貧弱であった。体も大きくならない、動きは鈍い、挙句に気は利かないので相撲部屋の皆に一定嫌われていた。本日も恒例のごとく兄弟子の機嫌を損ね、特訓の時間を設けられるに至った。顔面を張るに耐える特訓でその能が鍛わったという話はないが、どうも兄弟子は承知しないらしく。このようなことが度重なるうちに、つくね4の脳は物理的にも心理的にも限界を突破した。

バシン、つくね4の頭が一瞬に15センチ横にずれる。脳も同様である。彼のすばらしいところはこのようなとてつもない衝撃で損傷した部分が生死にかかわるような部分でなかったことである。彼は即座に転倒、起き上がらないので兄弟子もつまらない、という顔で帰り支度をする。そのうちにつくね4も起き上がり、戸締り番に急かされながら帰宅の路につく。

違和感はハッピーエンドの通知であろうか。道路は至れり尽くせりの趣で、2千歩ふんでやるのには十分であった。彼は感覚を適切な言葉に変えるために肉トンネル通過の許可は出さなければと思い、道路わきに積もったうどん屋を見ると、閑古鳥でギチギチだったので入店をあきらめた。4×4が16であるという事実が彼を苛む。

モジュールはきっと脚の分解に協力的である。しかして彼は帰宅した。彼の父の厳しい教育方針から、帰宅後も柱に向かわねばならない。彼の母はおくびょう最速AS252であったため、努力値あまりの4を名前に継いだのである。にんにく、しょうが、刻み葱などを、実質的に表皮に塗りたくる。むろん、胃内壁を転んですりむいたことがあるならばだが。4×4が16であるという事実が彼を苛む。

彼の日常風景は、彼以外が見ればまったく問題がない。一方で、彼のクオリアは怒涛の変異を遂げている。鳩は鳥ではもはやない。ポップ・カルチャーだ。電柱は?新潟県となんの大差があろう。やはり、ポップ・カルチャーはポップ、ポップ、と鳴くし、新潟県は長いので出力は変わらないのだ。4×4が16であるという事実が彼を苛む。

今日も相撲部屋が呑む。出来事がつくね4の周りを周回し、そのうちに彼がただ一人立つ。「今日お前ずっとボーっとしてたろ」兄弟子が腹の隙間から貫手を16発飛ばす。これはいかなる認識のうちでも不変たる宇宙の真理であるがゆえに、つくね4は避けなかった。しかしこれがいけなかった。いままではクオリアの変異だけで済んだものが、それではすまなかった。

 

「ぎゃああああああああああああああああやめてくれえええええええええええええ痛い痛いうわあああああああああああああああああああ」

尋常ならざる叫びである。周りもずっと無視してきたとはいえこのように叫ばれては見てしまう。兄弟子は機転を利かせてもう一発ぶっ叩く。すると、

「うわあああああああああああああああああ気持ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいさいこおおおおおおおおおおおおおお」

これでも困る。近所迷惑どころでは済まないかもしれない。もう一遍叩く。兄弟子は満足のいく叫びが出るまで10回は叩いただろうか。10連やれば1回はUSSRが出る。歴史だってそうだった。

「日本のエジプト時代ぜよ!」

ひどいものだが、親方もこれで帰してしまうのだ。

 

つくね4は、またある種の真理を獲得しつつあった。脳人類である彼らは気休め薬の服用に夢中になっているがゆえに、自分のような首人類には気づかない。確信があった。側溝は御慈悲のものと思い、膝をついて泣いた。丁寧に礼拝をしたのち、ふたを開けると、そこには乾燥した仙人が手招きをしていた。つくね4はこれを慕って参上するが、4×4が16であるという事実が彼を苛む。

 

側溝に人が嵌っているとの通報を受け、神奈川県警が新井式廻轉抽籤器に乗ってやってきた。神奈川県警はソプラノ、アルト、テノール、バスに分かれて、「コットン便所」との合唱をして撤退した。もう側溝に8割は体が入ったか、むしろ押し込んだほうが早いと近隣住民の意見。ピラミッド状の重機を曳いてこれをつくね4の下半身に強く当てる。ヒエログリフが広がる。味わいは無発酵パン。あと一息、せェので押し込む。試みは成功裏に終わった。近隣住民は総出で力士見習いを側溝に押し込み、神奈川県はこれによりフタコブラクダと中華料理屋が蔓延る大砂漠と化した。

 

つくね4は仙人と対面を果たした。仙人は、「どうじゃ」と問うとつくね4の身体は膨れ上がり、地下のルールには迎合しないぞという格好になった。「鶏白湯ラーメンが食いたいときの口です」そう答えると仙人は満足そうにつくね4からすべての感覚を半分ずつ奪った。「ひとつ選べ、それ以外は全部いくからね、もう」そう言われてつくね4は思案した。触覚、味覚、嗅覚や言語感覚、どれもあって損はない。しかし4×4が16であるという事実が彼を苛む。彼は決める。

「色覚だけ残してください」

彼の名前は死ヶ崎 つくね4である。死が4、4が4で掛けて16は色と読む。ずっと悩まされてきたのはこのときのためであった。

 

もう彼は窮屈さを感じない。カラフルな空間にふんわり浮いているのだ。痛みや苦しさは彼の世界の外の話であるし、事実はすべてもう確かめようもない。疑念へと還元されるのみである。濃い緑掛ける濃い緑が赤色水色である疑念は、もはや彼を楽しませるばかりである。