例えば、あらゆる苦痛を極端に感じやすく、しかも苦痛だけ感度3000倍の人間がいたとする。この人の人生を見れば、権力というものがいかに機能するかや、我々の内心に潜む暴力性に気づくことになるだろう。
このブログは『一九八四年』ジョージ・オーウェル著〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)(以下、1984とよぶ)
の、読書感想文を通り越した作文である。ネタバレを含むので、まず読んでからまた来てほしい。不朽の名作と名高いだけの読み応えはあると思う。
さて。1984の世界はもちろんカスなのだが、注目すべき点は、極めて安定的な設計になっているという点だ。技術上の問題はあるかもしれないが、いくつかを修正すればより安定的な社会として再構成できるだろう。
この安定性は、
・似たような中身の大国が3つのみという地球
・暗黙の談合である擬似戦争により人心をハックしてコントロール
・テレスクリーンによる監視と洗脳
・コントロールしきれなかった人間は拷問して再利用または処分
・権力欲の強い人間を党に取り込むことで権力構造を再生産
・表面的には成長と改善を志向するが実際は現状維持を志向する
という仕組みによってできている。
人権がなくなるとこれを徹底できるため、社会構造の型がはっきり見える。
一方でこれらの枠組みで現在の地球を見ると、
・独裁国から自由大好きな国まで多様な国々の地球
・人心コントロールのために対立煽りをすることがある
・教育やメディアを使ってバイアスをかけ、個人や団体による批判で相互監視
・法を逸脱した人間は刑罰を受ける
・権力欲の強い人間が民衆に認められれば権力側に入るが、完全な構造再生産とはいえない
・成長と改善を志向する
うーん、よくやっとるな。人権が実装されている日本、めっちゃありがたい。
作中で、主人公は愛情省の窓のない部屋で徹底的な拷問を受ける。身体への直接的な苦痛、飢餓、不潔、トラウマを用いた精神的圧迫、人格否定、裏切り……
これらを一方的に行う能力をもつものは権力者であるが、その意味ではこの宇宙は最高の権力者である。さあ、飯を食わないと飢えに苦しむぞ、よし、食べたな、いい子だ、という感じだ。それを党はなるべく完全な形で擬似的に振るうことを試みている。さあ、党のためにそのままでいろ、よし、今日も逸脱していないな、いい子だ、と。
すべての権力(命令に従わせる能力)はその拷問能力を裏付けにしていると考えると説明がしやすいが、たとえば教師が生徒に対して権力をもつのはいかなる拷問能力によるものかと考えると、本当に拷問らしいものが出てくるのはずっと極限的な場合であったり軽微な形なのがわかる。教師に逆らうのが少しばかりならなんともないが、程度が上がれば大声で叱責されたり、成績を悪くつけられたり、親に通達されたり、退学になるかもしれない。
ここで重要なのは、拷問を細かく刻んで柔らかくし、種類、オプション、段階を用意するということで現在の権力というものは複雑かつ社会的合意を得やすくなっているのだ。パンチに頼るやつはパンチに至るまでの品揃えを用意できなかったヤツなのだ。
すこしズレるが、科学の権威は権力とどのように関係しているかというと、科学側が権力を振るうときの暴力装置は事実そのものである、という感じだ。傘では空気抵抗が足りないという科学的事実に背けば傘を差して飛び降りた人は骨折する。もっとも、科学そのものは命令をしないので、科学に基づいた命令(あるいは助言)というべきか。だから権力というよりは権威なんだろうな。君臨すれども統治せず。
1984で、党の権力はなんのためにあるのか、という問いがあった。作中でのその答えは、「現実を支配できるから」だった。党の意思と自分の意思を一体化し、党の権力と自分の権力を一体化することで、自分の思う現実をあらゆる相手に押し付けられるという快感のためである。
この欲求は、Twitterでクソみたいなレスバをしているとよく観察できる。「こっちの意見が正しくて、お前は間違っているので、従え、謝れ、改心しろ」というのは、ヒートアップして条件が整えば暴力に簡単に移行する。政治、ジェンダー、男女論、それから有害なデマ発信をする陰謀論者に対する科学の徒も同じ気持ちになるだろう。オンラインでの話だから暴力にはならないが、ほとんど寸前ではないのか。相手を、相手が認めない事実で拷問したくなる。大抵は諦めの念でTLを閉じるのだが。
話を安定社会に戻そう。
1984の世界は人権がなくカスなのだが、安定的に見える。ちょうど、f(x) = xみたいな感じ。そしてAIによる発展が加速して、技術がカンストしたら人類社会もリアルに””完成””してしまうかもしれず、そうすると安定点として1984の世界の異なるバージョンという形で現れるのではないか。そう考えた。こっちはx→∞でのf(x)みたいな感じ。
で、人類が社会としてやっていく限り別に""完成""はせんな、という気がする。社会の安定に全振りした1984世界に対して、人間の欲求を尊重すれば、資源や食料にサービスの無限生成ができたとしても人々のわがままに限りはなく、それが他者の支配などなら絶対にコンフリクトを起こす。だからハッピーカプセル送りにして、一人一宇宙にし、社会そのものを消さなければならなくなってしまう。ハッピーカプセル内では、あなたが党であり、それ以外は党員とプロールにすぎない!さあ、思考犯罪者をとっちめて気持ちよくなろう!てな。
待って、ハッピーカプセルはそんなに灰色なものでも窮屈なものでもないという想定なので、勘違いされないように。
ハッピーカプセル内でどのような社会が生まれるのか、というのも面白いと思うが、今のところ遠すぎて興味が出ない。それよりもハッピーカプセル内のホームワールドをどうしたいか考えるほうに興味がある。まさに、世界に命令できる権力者になった場合、どうすれば虚無でない幸福になれるのか?それはまた今度。