議論における賢さ、謙虚さ、優しさ、そして鉄人形

要するに、賢さと謙虚さを合わせると、必然的に相手に共感しようとし、相手の意図を汲もうとし、優しくなるものだ。

 

 

基本的に、自分は性格というものについて、それがあるにせよ、行動傾向であって、すべての行動を決定するほど強力ではないと思っている。つまり賢い人間とか謙虚な人間というのは、まあそうでないときもあるよ。逆も然り。

だから今回は、ある人間が賢さと謙虚さをある1vs1の議論で発揮するとすれば優しくなるもんじゃないかな、そうであってほしいな、そうだったらメリットもあるよ、という話をする。

 

ストローマン論法というのがある。ご存じかと思う。Wikipediaもある。藁人形論法とも。相手の主張をザコにして、ボコして勝ったことにするという論法である。しばしば誰も主張していない論をボコして勝つみたいなことも指す。

これに対し、対義語があり、スティールマン論法という。鋼鉄人形論法とも。慈悲の原則ともいう。相手の主張を最強にして、勝てたらそのまま勝ち、負けそうなら工夫する、みたいなことだ。メソッドとしてはこれが読みやすい。

建設的な議論のすゝめースチールマン論法について|垂水 隆幸

 

賢くなければ実践できない論法でもある。相手の主張を十分最強にできないから。自分の持っている論の弱点を把握できていなかったり。ストローマンになりかねない。

賢くても謙虚でないと、勝てばよかろうなのだになる。論破か説教か。

賢くて謙虚だと、相手の主張に負けないよう自分の論の弱点を把握しようとし、相手の主張の次の一手は何か考える。相手のプレミを期待しないし、ベストな打ち手をしてくるのだと想像することはすなわちスティールマン的である。謙虚さはそれに加えて、相手の主張も正しい部分があろう、と考えることだ。主張して発話したその言葉や表現にこだわらず、もっと違う形で出会っていたなら説得されていたかもしれないと想像する。よりスティールマン的になる。

するとどうなるか、相手の主張から学びを得よう、糧にしようとするような動きになる。そのため、自分の話をするよりも相手の話を聞くことに注力することになる。グッドコミュニケーションの萌芽である。

これは筆者の欲望論の交渉についてとも近い。

欲望と主体について - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

 

だから中学生にディベートなんかやらすな、○○の虎とかいうのはクソで目障り、ひろゆきはアホ、まあアホは言い過ぎか、役に立つときはあるわな、たぶん使ってないだけでスティールマン論法の使い手でもあるだろうし、というわけなのだ。

AIが!も~っと!責任持て!

責任を持つ、達成をすることで、お金がゲットできるのだが、なにがボトルネックなのか?

 

 

責任を取る、という視点での責任論を前回

俺じゃなくてAIが責任取れ! - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

にて述べたが、今回は責任を「取る」ではなく「持つ」について書こうと思う。

 

持つと取るとではそもそもどう異なるかというと、時間軸の点では「持つ」は責任引き受けから成功失敗判定まで、「取る」は失敗判定後の問題なのだ。

 

さらにもっと遡ったところから始める。

責任が発生する瞬間は、広い意味での契約が成立したときだ。つまり、二者間において、一方が期待をし、もう一方がその期待を現実にするということを宣言する。宣言をすると、発言と行為の一貫性(嘘つきと言われないように、信頼性、信用のため)が求められるという形で期待された内容を達成するよう促される。これが責任の発生だ。期待する側と引き受ける側がいる。とはいえ、軽度な責任発生や暗黙の合意が前提になる場合には、わざわざ引き受ける側が宣言しないこともある。逆に、期待内容を明確にして告知したり、引き受ける宣言を文書にすると法的な契約になる。

 

過度な期待をすれば、期待される側は達成できないから宣言しなかったり、第三者からの指摘を受けるかもしれない。引き受ける側が宣言をしなければ期待に応えなくても嘘つきにならない。引き受ける側がアホかなにかで、能力を超えた引き受けをするときは、責任能力がなかった、と表現できる。

 

そして責任を持つということは、期待を達成するということなので、その能力が必要となる。能力とは、特にどうやったらできるかという知識経験をもとにしたノウハウあるいはアイデア、それとそのアイデアの実行能力の二つ。

 

AIについての要素をここから足す。基本的に実行能力はお金を積んでツールをつくったらなんとかなるものの、アイデアはボトルネックとなる。ソフトウェアを作るときだって、実装能力だけがあってもクソみたいな使い捨てアプリまでしか作れない。無数の顧客に提供し、バグも許容範囲内にとどめ、壊れる頻度や修理にかかる時間を最小限にし、保守しアップデートしていけるようにするにはノウハウが必要だ。それだけではない。一体何が今後要求されうるかということもあらかじめ予測しておくべきだ。それから既存のモジュールとの整合性を考えて、ぶっ壊さないように気を付けなければならないし、いい処理順やアルゴリズムを考え出して選ばないといけない。

さらに言えば、それをあらゆる定量的でない評価のタスクで行わなければならない。つまり、ユーザーのソフトウェア利用シナリオ、それに紐づいた懸念点、改善対処の方法が、細かなアイデアを要求してくるのだ。

徹底的にすべての人工物に一貫性ある意図を詰めなければならない。

 

今のAIにそれはできないのか?できなくはない、が、GPT-5.5やClaude Opus 4系ではかなりお世話してやらなければならない。Fable 5では少しマシ。これだけスケーリングして厳しいものがあるのなら、アーキテクチャの改善のほか道はない。でもどうなんだろうね、意外と何とかなるのかもね、The Bitter Lessonもあるし。

 

責任を持つためには能力とその自覚がなければならず、そして能力はいい方法を知っているか生み出せるかで、そしてそれがAIのボトルネックでした、ということです。

アイデア・マシン構想 - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

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アイデア・マシン構想3 - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

 

 

今回語らなかったが、責任には、「自分の行ったことには自分で責任を持つ」という表現のあるように、もう一側面ある。言い換えると、行為はその結果に対する覚悟を伴ってやってくれないと迷惑ですよ、という話。まあそれだけだと思ったのでここで終える。

 

それでは!

フロイト2、マルクス2、ニーチェ2

そんなに素直に進むとは思えないけども。

 

 

 

 

現代思想の三源流として、フロイト、マルクス、ニーチェが挙げられる。

結月ゆかりの哲学しましょう#15【ボイロ講座】 - ニコニコ動画

 

まず彼らの発見のうちおれが語りたい部分抜き出すと、次のようになる。

 

  • フロイト
    • 無意識
  • マルクス
    • 共産主義
  • ニーチェ
    • 超人思想

 

この記事では人工超知能(ASI)の時代に向けて、彼らの思想の焼き直しを行う。

たぶん正確な理解ではないし、正確な理解を記述できる気もしないけど。

最近までフロイト2が思いつかなかったのでできてなかった。

現状でもAIは人間の知的能力を超えつつあり、それだけでなく仕事の一部をこなすようになっている。翻訳はほとんど完璧に、プログラミングやPC操作はかなり高精度に、文章作成もお手の物という感じだ。

これが、人間の職人クラスの経験を上回るほどに高性能化してほとんどの人間がGDP的に無意味になるような時代になるとしたら、その過程で何が起こるかを考察する。

 

フロイト2

この同時代の3人の中では歴史の順序的に最後なのだが、話の順序を優先する。

 

フロイトの発見には、無意識そのもの以外にも防衛機制や抑圧の概念もあるが、ここではひとまとめにしてしまう。彼の疑いはまず、その前の時代の「人間は動物と違って理性的で意識で動くもの」という観念に向けられた。

そして、精神科医としての経験から無意識を見出した。無意識は「意識によって認識・操作できない精神的はたらき」だった。

ASI時代、というかAGIレベルの時代では、各個人に対して専属の秘書的なAIバディがつくことになるだろう。人間はそれらに自分の好みや興味を吸わせて活動させ、本来なら自分が見て良いか悪いかフィルターするところをAIにフィルターさせて楽をする、ということもできるようになる。それはやがて本人のデジタルツインとなり、無意識を超えて無意識の四肢のごとく動く。自分でありながら自分でないものを発見することになる。また、その挙動から自分自身について知ることにもなるかもしれない。

 

 

 

マルクス2

資本主義が行き過ぎるとブチギレた市民が革命を起こすかもね、そしてその後は共産主義という体制になるよね、ということを提唱したのがマルクス。私有財産を放棄して、中央でイノベーションや分配を管理するシステムが特徴だが、歴史的には中央集権化が独裁を招き破綻し散らかしている。

ASI時代では、ヒト・モノ・カネからヒトが抜け、生産の基本的な主体はAIになること必至、したがって搾取はなくなるが給与もなくなる可能性もある。労働はごく一部の人々に限られ、資本家が資本から資本を生み出して格差が拡大することになる。あるいは、それを予期して対策するか。

私有財産はさすがに放棄しないものの、増えた物質的富を分配する機能の強化が求められ、共産主義まではいかないが大きな政府になったり、ベーシックインカムによって貧困を防ぐことになるかもしれない。

 

 

 

ニーチェ2

人間どうせ死ぬし何やっても無駄、というニヒリズムに対し、何やっても無駄だから自分で人生の価値を積極的に決めて気合入れて生きろ、という価値観を提示したのがニーチェ。

労働をやりたくなさ過ぎて人間がAIに労働を明け渡した勢い余って、労働が存在価値だった人類はその価値を簒奪されてしまう。

結局のところ、人間はAIに飼われているという世界観で元気に生きていくための、ある種の超人思想か、それをナチュラルに捉える適応が必要になる。

 

 

おわり。

アイデア・マシン構想3

イデアマシン、ついに完成か……!?

 

このブログは

 

アイデア・マシン構想 - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

 

アイデア・マシン構想2 - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

 

の続編となるが、別に気にすることはない、ここから読んでOK.

 

例によってLLM、Claude Opus 4.5による調査、対話からこの記事のアイデアは生まれた。

 

ひらめきと気づきと危険察知は同じ仕組み、というか呼び出し関係になっているのではないか?そしてそれは通常の問題解決と異なるのだ、と思ったところから始まる。

通常の問題解決は、問題→解決策の探索→ヒット→解決であるが、

気づきは、ヒット→問題または問題と解決策の両方、みたいなわけのわからないことが起こっている。これを説明する。

 

ひらめきについての説明理論を調べてまとめさせた。

関連する理論・フレームワーク

1. 認知アーキテクチャ

  • CLARION (Ron Sun): 明示的/暗黙的処理の二層モデル。アブダクション推論を「implicitation」として扱い、無意識処理への取り込みを記述している Purdue
  • Global Workspace Theory (Bernard Baars): 並列処理する無意識モジュール群が競合し、「勝者」だけが意識の舞台に上がってブロードキャストされる Wikipedia。これは「気づき」が意識に上がる機構の有力な説明
  • Darwinian Neurodynamics: インサイト問題解決を「アトラクターネットワークの集団における進化的探索」として記述 Frontiers

2. 予測処理・自由エネルギー原理

  • Predictive Coding (Karl Friston): 脳は階層的な生成モデルを持ち、予測誤差を最小化する。予測と入力のミスマッチが「驚き」として検出される PubMed Central
  • これは「危険察知」「異常検知」の計算論的基盤として非常に有望

3. 二重過程理論

  • System 1/System 2: System 1は高速・パターンマッチング・連想ベース、System 2は遅い・ワーキングメモリ依存・ルールベース Cogn-IQ
  • 医療診断の文脈では、System 1がパターン認識による即座の診断、System 2が分析的プロセス Clinicalreasoning

4. 注意ネットワーク

  • Posner & Rothbartの3ネットワーク: Alerting(警戒状態維持)、Orienting(情報選択・方向付け)、Executive(葛藤監視・解決) ScienceDirect
  • Ventral Attention Networkは「circuit breaker」として、トップダウン注意を中断し、予期しない刺激に再定位させる ScienceDirect

 

ここで、筆者は1の2つめ、Global Workspace Theory(GWT)に注目した。もっとも根本的な説明に近いと感じたためだ。

 

これについてさらにClaudeと話していると、「常時起動パターンマッチャー群」という言葉を出してきた。言い換えではあるが、これはタネになる。というわけで以下のようにまとまった。

 

 

Watcher subagentを、常時起動のプロセスであって、単一の課題をもち、入ってきた情報を組み合わせて課題解決を探索したり、トリガーを作成したりするもので、解決が見込まれるときにはメインプロセスに割り込むもの、とする。

 

さらにwatcherは2種類に分かれる。

Alert watcherは危機察知のプロセスとして働く。特に特定の入力に対してやや受動的に動くもので、解決(ここでは問題発生のこと)の可能性が高いだけでメインプロセスへの割り込みをする。

Creative watcherは創造のプロセスとして働く。積極的に課題解決を行おうとするもので、新しくない解決策の発見では割り込みをしない。

これらwatcherを統括するものとしてOrchestratorがいる。こいつは、watcherを作ったり消したり、起こしたり休ませたり、分割したり統合したりする役割だ。

人間でいうとおそらくほとんど無意識で行われている。Orchestratorの役割を意識が担うこともあると思うが。

 

事例を挙げてみよう。

Alert watcherの場合、たとえばシニアエンジニアが新人の書いているコードを見るとする。すると違和感があり、「これをデプロイすると客のデータが吹っ飛ぶぞ」とわかる。これはシニアエンジニアの脳内にある、データベース関連についての話題で活性化されるalert watcherがいて、課題として、データを破壊するSQL文を探せ!というのを持っている。そうして視覚から入ってきた情報を統合して、課題解決、つまりやばいSQL文を発見して意識に割り込むのである。

 

Creative watcherの場合。たとえば針金で遊んでいる子供がいるとする。すると「これで人形がつくれるのでは?」と思いつく。これは子供の脳内にある、新しい遊びを見つけるcreative watcher、あるいは人形をつくるcreative watcherが反応して割り込みを行ったのだ。

 

ほかに、不安症やPTSDなどの説明、幻覚などにおける疑似的な創造性の感覚など、説明できそうな点はかなりある。

 

一方で、実装となると問題がある。Watcher subagentをLLMでやると馬鹿みたいにコストがかかるのは明白だ。脳でもそうだろう。だから何かしらの方法でキャッシュしているように思う。例えば、「あとこれさえあればなあ」みたいな、最後のピースだけを残す形でしばらく休止して、ピースが入るかどうかだけチェックして、それをトリガーにwatcherをたたき起こすようにする、など。方法はさまざま考えられるだろう。Watcherに網羅的な探索をさせるにしても、優先順位をつけて探索させる、というのもある。

 

 

 

イデアマシンを単純実装するのは避けるとしても、社会的イノベーションを工業化するには爆裂に計算機が要ることになる。AIモデルはオープンソースのものを使えばいいが、インフラは無理だ。

ところで、NVIDIAのPERは60倍らしい。

一九八四年の読書感想文と安定社会について

例えば、あらゆる苦痛を極端に感じやすく、しかも苦痛だけ感度3000倍の人間がいたとする。この人の人生を見れば、権力というものがいかに機能するかや、我々の内心に潜む暴力性に気づくことになるだろう。

 

 

このブログは『一九八四年』ジョージ・オーウェル著〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)(以下、1984とよぶ)

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%80%E4%B9%9D%E5%85%AB%E5%9B%9B%E5%B9%B4-%E6%96%B0%E8%A8%B3%E7%89%88-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AFepi%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB/dp/4151200533/ref=pd_lpo_d_sccl_1/357-0052371-3689259?pd_rd_w=SPlMa&content-id=amzn1.sym.855d8f70-df76-4181-80b0-56e48ae3bb9b&pf_rd_p=855d8f70-df76-4181-80b0-56e48ae3bb9b&pf_rd_r=0YW1M3EEH1QESWB4Z100&pd_rd_wg=kZQDH&pd_rd_r=07d98b5a-a984-4dbb-b856-c2febb04c422&pd_rd_i=4151200533&psc=1

の、読書感想文を通り越した作文である。ネタバレを含むので、まず読んでからまた来てほしい。不朽の名作と名高いだけの読み応えはあると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。1984の世界はもちろんカスなのだが、注目すべき点は、極めて安定的な設計になっているという点だ。技術上の問題はあるかもしれないが、いくつかを修正すればより安定的な社会として再構成できるだろう。

 

この安定性は、

・似たような中身の大国が3つのみという地球

・暗黙の談合である擬似戦争により人心をハックしてコントロール

・テレスクリーンによる監視と洗脳

・コントロールしきれなかった人間は拷問して再利用または処分

・権力欲の強い人間を党に取り込むことで権力構造を再生産

・表面的には成長と改善を志向するが実際は現状維持を志向する

という仕組みによってできている。

人権がなくなるとこれを徹底できるため、社会構造の型がはっきり見える。

 

一方でこれらの枠組みで現在の地球を見ると、

・独裁国から自由大好きな国まで多様な国々の地球

・人心コントロールのために対立煽りをすることがある

・教育やメディアを使ってバイアスをかけ、個人や団体による批判で相互監視

・法を逸脱した人間は刑罰を受ける

・権力欲の強い人間が民衆に認められれば権力側に入るが、完全な構造再生産とはいえない

・成長と改善を志向する

うーん、よくやっとるな。人権が実装されている日本、めっちゃありがたい。

 

作中で、主人公は愛情省の窓のない部屋で徹底的な拷問を受ける。身体への直接的な苦痛、飢餓、不潔、トラウマを用いた精神的圧迫、人格否定、裏切り……

これらを一方的に行う能力をもつものは権力者であるが、その意味ではこの宇宙は最高の権力者である。さあ、飯を食わないと飢えに苦しむぞ、よし、食べたな、いい子だ、という感じだ。それを党はなるべく完全な形で擬似的に振るうことを試みている。さあ、党のためにそのままでいろ、よし、今日も逸脱していないな、いい子だ、と。

すべての権力(命令に従わせる能力)はその拷問能力を裏付けにしていると考えると説明がしやすいが、たとえば教師が生徒に対して権力をもつのはいかなる拷問能力によるものかと考えると、本当に拷問らしいものが出てくるのはずっと極限的な場合であったり軽微な形なのがわかる。教師に逆らうのが少しばかりならなんともないが、程度が上がれば大声で叱責されたり、成績を悪くつけられたり、親に通達されたり、退学になるかもしれない。

ここで重要なのは、拷問を細かく刻んで柔らかくし、種類、オプション、段階を用意するということで現在の権力というものは複雑かつ社会的合意を得やすくなっているのだ。パンチに頼るやつはパンチに至るまでの品揃えを用意できなかったヤツなのだ。

 

すこしズレるが、科学の権威は権力とどのように関係しているかというと、科学側が権力を振るうときの暴力装置は事実そのものである、という感じだ。傘では空気抵抗が足りないという科学的事実に背けば傘を差して飛び降りた人は骨折する。もっとも、科学そのものは命令をしないので、科学に基づいた命令(あるいは助言)というべきか。だから権力というよりは権威なんだろうな。君臨すれども統治せず。

 

1984で、党の権力はなんのためにあるのか、という問いがあった。作中でのその答えは、「現実を支配できるから」だった。党の意思と自分の意思を一体化し、党の権力と自分の権力を一体化することで、自分の思う現実をあらゆる相手に押し付けられるという快感のためである。

この欲求は、Twitterでクソみたいなレスバをしているとよく観察できる。「こっちの意見が正しくて、お前は間違っているので、従え、謝れ、改心しろ」というのは、ヒートアップして条件が整えば暴力に簡単に移行する。政治、ジェンダー、男女論、それから有害なデマ発信をする陰謀論者に対する科学の徒も同じ気持ちになるだろう。オンラインでの話だから暴力にはならないが、ほとんど寸前ではないのか。相手を、相手が認めない事実で拷問したくなる。大抵は諦めの念でTLを閉じるのだが。

 

 

話を安定社会に戻そう。

1984の世界は人権がなくカスなのだが、安定的に見える。ちょうど、f(x) = xみたいな感じ。そしてAIによる発展が加速して、技術がカンストしたら人類社会もリアルに””完成””してしまうかもしれず、そうすると安定点として1984の世界の異なるバージョンという形で現れるのではないか。そう考えた。こっちはx→∞でのf(x)みたいな感じ。

で、人類が社会としてやっていく限り別に""完成""はせんな、という気がする。社会の安定に全振りした1984世界に対して、人間の欲求を尊重すれば、資源や食料にサービスの無限生成ができたとしても人々のわがままに限りはなく、それが他者の支配などなら絶対にコンフリクトを起こす。だからハッピーカプセル送りにして、一人一宇宙にし、社会そのものを消さなければならなくなってしまう。ハッピーカプセル内では、あなたが党であり、それ以外は党員とプロールにすぎない!さあ、思考犯罪者をとっちめて気持ちよくなろう!てな。

待って、ハッピーカプセルはそんなに灰色なものでも窮屈なものでもないという想定なので、勘違いされないように。

 

otouhuriron.hatenablog.com

 

ハッピーカプセル内でどのような社会が生まれるのか、というのも面白いと思うが、今のところ遠すぎて興味が出ない。それよりもハッピーカプセル内のホームワールドをどうしたいか考えるほうに興味がある。まさに、世界に命令できる権力者になった場合、どうすれば虚無でない幸福になれるのか?それはまた今度。

 

恥ずかしげもなく未来予想したい夜

日中、労働をしていると、2時間の昼寝ができないなどの主観的不条理に出会い、そして資本主義を内面化できていないとして思想警察に棍棒で殴られるのだが、そんな夜にはあらゆる労働からの解放という、終末論じみた救いをAIに求めたくはならないか?

 

 

確かに、2時間の昼寝ができないことに不満を感じたり、それを不条理だと思うことは当然です。ですがそれは資本主義を内面化できていないということではなく、社会に適応していく過程なのです。

思想警察に棍棒で殴られるというのは適応したい自分との葛藤の比喩?それとも本当に誰かに殴られたりしましたか?その場合は周囲にいる人に助けを求め、必要があれば警察を呼ぶことも考慮してください。

AIによるあらゆる労働からの解放、ワクワクするテーマですね!これについて深く掘り下げましょうか?

 

 

こいつに俺が救えるか?

 

 

 

 

 

AIがロボットと融合し、完全に上位互換たる人工労働者が完成した、として、その技術が普通に社会に放り込まれたとする。それを無邪気に予想して、書き散らかす。

前もやったなこんなの。

種族交代【SFと予想のはざま】 - とふろんが何度も同じことを考えないで済むためのブログ

 

人にとって欲しくないものを欲しいものにする、ということを付加価値を与えるというらしい。そのためにはヒト・モノ・カネが必要なのだというが、今回ヒトは人工労働者に置き換えられるのでモノ・カネのみになる。大抵のモノは市場経済において買える。土地とか限りのあるものは別として。

 

そうすると資本が資本を生むスピードは爆増する。枷が一個外れたので。

 

格差はむちゃくちゃ拡大する。しかし考えると、「経営者も労働者もAIなら、資本家がオーナーでも石ころがオーナーでも変わんなくね?」となる。

 

資本主義のもっとも良い点かつ悪い点は競争原理である。これがAI同士のバトルなら人間は競争から降りられる。何らかの方法で政府がAI企業群を買取り、国有化する。資本のパワーで国に勝てると思うな、と威張って言えるうちに対策するはず。それぐらい賢いことを祈る。そうして日用品をはじめあらゆるものが国から販売される。配給と格好は変わらない。貨幣を使って何を選ぶか有限のリソースで選べるし、商品の進化は止まらないので、まるで資本主義経済のように見える。

 

そうして国が事実上の共産主義を達成する。起業しても国のAIにパクられて終わり。

 

国民は国家のお坊ちゃんお嬢ちゃんになる。文句があれば政府に言うのだが、政府の役人ロボは理論値レベルでよく頑張っていることもまあわかってしまうので、ただの愚痴みたいな感じになる。

 

この社会はある種の完成状態であり、このままほうっておくと数年で人間はハッピーカプセル*1で寝まくることになる。

 

そうなると戦争などというものは不要になる。領土・国民・主権などを気にする必要もなく、ただ好きな生活を送れば良い。逆にブッダみたいに生きるの嫌になるかもね。

 

お坊さんみたいな人たちと赤ちゃんみたいな人たちだけの楽園。これが現実と地続きなのだと考えれば、もうそれほどワクワクしないんじゃないかな。

 

 

ハッピーカプセルについて考えたくなってきた。

おそらく非侵襲的方法で脳にデータを送りつつ夢を見させるのだと思われる。

しかもインターネット接続で他人の脳に行ってみたり現実のデータで科学の勉強もしたりできるだろう。

じゃあ子供もハッピーカプセル行きか?というとどうなんだろう。いろんなものを触ったり感じたりしたほうが夢での再現度は上がるので現実での活動もするのではないか?

倫理観的に言えば15~18歳ぐらいまでハッピーカプセル禁止にしておいたほうがむしろハッピーカプセル楽しいと思う。

ハッピーカプセルでアダルトコンテンツ楽しめたら人類滅亡確定なのですが、まあ多分実装されちゃうんじゃないか。

あなたが感じうる最高の体験は現実ではなくこのハッピーカプセルで体験できます。なに?苦労してこそ?そんなのは当然織り込み済みですとも。あなたの嫌いな苦労もご用意があります。

個人的には、これ欲しいです。

 

 

この記事の内容はcloudflareの障害のタイミングで作成されており、AIを使用していません。AIっぽい文章も筆者が書きました。あの部分以外もAIっぽいとか思われたらちょっと嫌だなあ。

 

 

*1:造語。健康な肉体を保ちつつ幸せな夢を見せる架空の機械。あるいは錠剤かも。

アイデア・マシン構想2

ある論文の解説動画をYoutubeで見た。

www.youtube.com

 

参考文献

arxiv.org

 

要するに、アインシュタイン特殊相対性理論をひらめいたときの推論を機械的に再構成しようという試みである。

 

ひらめくというのは飛躍した推論なので論理推論とは異なり、どう実現するかというのが困難なのだが、この研究ではそれに対する一つの回答を与えている。

 

概念に「型」を与え、実験結果などの解釈によって型を付け加えたり変化させたりするという推論規則を6つ与える。これをどう適用するかをAIに推論させてうまいことできればOKということだ。そして実際にそれができた。

 

個人的にはとても納得ができる。人間の脳内でひらめきを起こすのだから、そこには確率事象とネットワーク構造ぐらいしかなく、推論道具も有限だ。それを理論化できないということはなかろう、という感覚。

 

今回のこの論文は科学的発見についてなので、正しいかどうかを検証することができるが、創作などの感性的な活動についてもいずれはアイデアマシン化できるのではないかと考えている。人間の感情モデルによる検証に置き換えれば、良い作品かどうかあらかじめわかるようにできるだろう。

 

ひらめきは奇跡ではなく技法だとすれば、アイデアマシンは可能となるだろう。