Chu!人類破壊爆弾

ハロー!未来!それは手を振って迎えてあげたほうがいい。来ないでと言う人のところへ行かなきゃならないのは、未来だってつらいだろう。

 

「ただいま~、っつっても誰もいないけど、マイホームにただいま~」

ドアをゆっくり閉じると、自分は恐ろしき世間から身を隠すことができたという感覚になる。物理的な感覚と精神的な感覚は絡み合っている。

「ん?マイホームなのか?部屋借りてるんだからマイルームなのか?」

どうでもいいことを呟きながら習慣化された動きでコンビニ弁当をレジ袋から出し、レンジに放り込む。

三分半を待つ間、レジ袋にあるもう一つのことを思う。気分が上がってきた!取り出す!

「ひょほほ」

恋愛シミュレーション料理ゲーム『Skyrarc』だ。最近はパッケージ版のゲーム自体を見なくなったけど、なんとなく入ったショップでふと見つけたのだ。

 

 

「う、うう、まさかあのネックレスにミカゲちゃんの魂が残ってたなんて……」

ひとしきり泣いて、涙をぬぐって、スタッフロールを眺める。少し落ち着いて、窓から日の出てきた空を見る。

「もう寝るか」

 

 

攻略サイト見て別ルート周回し始めると、ゲームって感じになってくるな」

身勝手なものかもしれない。自分で攻略サイトを見始めたのに、それで矮小化する印象に文句を言っている。昨日まで人間だと思っていたものがキャラクターになり、空間だと思っていたものが背景絵になり、そして彼女らの意志はスクリプトに見えてくる。

「やめだ、これ以上進めないほうが良い体験として残せる」

セーブもせずにゲーム機の電源を落とし、布団に寝っ転がる。体験型のゲームじゃないとダメな身体になってしまったのかもしれない。フルダイブVRヘッドセットを手に取る。すっ飛んできた近未来はこんなコンパクトに収まってしまった。まあ、いいゲームがないのでこいつは俺の望みを叶えてくれない。最近は遠隔講義とか資格取得の道具に成り下がっている。脳みそに大学が来てくれて俺は嬉しいよ、全く。

少し早い時間だがVキャンパスに入っておく。友人がいれば暇をつぶせるだろう。

Vキャンパスのいいところは、坂が多くないし、銀杏臭くないし、外部の変な人間が入ってこないところだ。内部の変な人間はたくさん出てくるのは相変わらずだが。まあ、歩き回るとおもしろいものが見れて良い、例えば、変なサークルに勧誘している人たち、デッケェ彫刻を制作している人、夜光る池に住む夜光る鯉、路上で寝ている学部一年生……

路上で寝ている学部一年生はマズイ。Vキャンパス慣れしてない子かもしれない。金縛りライクな症状になることがまれにあって、精神的にキツイらしい。起こしてやらないと。

「おい、大丈夫か?ただ寝てるだけか?」

「……」

強制的に退出させて起こすしかないか。

「ッ起きろッ!」

暴力!原初にして至高の万能解決法で退出させる。

「ふー、人助けになったかな」

少し休んでいると、メッセージが飛んできた。水色のウィンドウで目の前に表示される。

『先ほどはありがとうございました。動けなかったので助かりました。』

「これだから人助けはやめらんねえぜ」

そろそろ講義の時間だな。行くか。

 

 

一般的に、フルダイブで金縛りになるのは数パーセントの人々であり、それも初心者に限られる。そして、一度うまく入れればそれ以降は脳がコツを覚えて金縛りになりにくい、とされている。なので同じ人物が同じ場所で昨日と同じようにT字のポーズで寝ているのは、おかしいことだ。

「お前これ苦手か?」

「……」

 

『昨日に続いて、ありがとうございました。』

今日はメッセージを返すことにする。

『あんまり苦手そうならうまくいくまで付き合うよ。』

『いいんですか!?じゃあ、お願いします。』

 

ログインして、動けなさそうならブン殴って強制ログアウト。またログイン。繰り返してて思った、マネキンみたいな初期アバターだから今はわからないが、もしこの子が女の子だったら俺はかなり気に病んでしまうかもしれないな。

ログイン。T字で寝ている。よーし7回目、張り切ってブン殴っちゃうぞ。

「待って!」

目の前に手が伸びてきた。思わず後ずさりすると、その子はゆっくりと手足を動かして、立ち上がろうとした。生まれたての小鹿みたいな感じだ。手を取って助けてやる。

「あはは、やった!ありがとうございます!」

「おーやったな!歩けるか?」

「はい、もう大丈夫です!」

「良かった。アバターの変え方はわかるか?メニューをこうやって出して……」

「あ、はい、できました!とりあえず本人アバターにしますね!」

マネキン姿の初期アバターはみるみるうちにかわいい茶髪のギャルに変わっていった。そして俺はおそらくみるみるうちに罪悪感で青くなっていっているだろう。

「……悪いな、さっきは遠慮なく殴りまくっちゃって」

「へ?いやむしろ殴ってもらって助かったんですよ?気にしないでください!」

「安心した、ありがとな」

「ところで、先輩?でいいんですよね?わたしはミーケっていいます!新入生です!」

Vキャンパスではハンドルネームで呼ばれたい奴、多いからな。

「ミーケちゃんね。俺は杓筅(しゃくせん)三年生だ。よろしくな!」

「あの、おすすめのサークルってありますか?」

「あー、俺は俳句・短歌同好会に入ってるけど、興味ある?」

興味のあるなしが分かれるから、俺は割と控えめに勧誘するタイプだ。

「興味あります!入りたいです!」

「お、おお、そんなにか、じゃあ講義終わったらでいいからルーム来てよ。はいこれ部屋ID」

 

「でもさあ、ピンチのときに助けてくれた人ってさあ?カッコよく見えるじゃあん?惚れられてるぜ、お前」

俳句・短歌同好会の部室で、友人のヨシと駄弁っている。コイツも女アバターだが、おそらく男。美的センスがイカれており、ビールの空き缶とパンパンのゴミ袋で一杯の部屋が美しいと信じて部室の一角を侵飾している。一緒に破滅しよう的な句を詠みがち。

「そんな簡単に惚れられたりしないよ、逆はあってもさ」

「えー?じゃあ惚れたんだあ」

「いや、そういう意味じゃなくて、」

コンコン、ドアがノックされる。

「入っていいよお」

「お邪魔しまーす!」

ヨシがこっちを向いてコソっと

「この子?」

「そう」

俺は立ち上がってミーケちゃんを部屋の真ん中に連れてくる。

「紹介しよう。こいつはヨシ。俺と同学年の汚い女だ。」

「ひどいぜ、ひどすぎて涙が出る」

「よろしくおねがいします!ミーケです!」

「あと二人くらい本来なら居るんだけど、まあ今日はいいか」

 

「それでさ、ずっと皿洗いしてなかったわけ。そしたらなんか皿が腐ってきてさ……」

「腐食系の能力者?」

「あはははは!」

三人で談笑したり、

 

「ささやき声に秋の虫の音混じりけり。どうですか?先輩」

「”声”いらないかな」

「ささやきに秋の虫の音混じりけり」

「ん。このほうがリズムがいいよ」

「ありがとうございます!」

二人で句を作ったり。

「あの、先輩、うちのラボに来てみませんか?」

「え?一年生なのに研究室入ってるの?」

「えへっと、まあ、そうですね?」

「うん、見てみたい。専攻が確か物理系なんだっけ」

「はい、ほとんど工学なんですけど」

「てことはリアルキャンパスだ」

 

 

リアルキャンパスに来たのは久しぶりだ。前来た時にはない建物が建っている。Vキャンパスに入り浸っているとこっちにも人がいることを忘れそうになるのはよくないな。

「ミーケちゃんが言ってたのはあの建物か、知らないビルヂング2号だな」

二重の自動ドアのある建物。二枚目のドアが開かなかった。

「え、なんかカードいるやつか?」

周りを見ると、呼び出しボタンと数字キーのある台があった。

「あーマンションとかのシステムね」

ミーケちゃんに教えてもらった番号を押し、呼び出しボタンを押す。

「もしもし?ここは普通の人間が入っていいところじゃないんですけど」

幼い女の子の声がする。

これマジで人んちか?異様な状況だ。天才ハカセちゃんなのだろうか?

「あの~、ミーケって子に誘わ…」

「あー!お姉ちゃんが言ってた人ねー、今開ける」

ドアが開いた。

姉妹で天才ハカセちゃん、ということか。なるほどな?

 

一階と二階は普通の研究室が並んでいそうな感じだが、三階は異様だ。急に人の気配がしなくなった。目的の部屋の前についた。おそらくミーケちゃんがいるところだ。

コンコン、ドアをノックする。

「入っていいですよお」

「お邪魔しまーす……」

ドアを開けると顔があった。

「うわっ」

可愛い顔だがびっくりした。Vキャンパスで見たミーケの顔だ。

「うふふ、いらっしゃいませ~。入って入って~」

なんだかよくわかんねえ機械がいっぱい並んで、あらゆる棚を埋め、その棚の上を埋め、机に溢れている。

「それにしても驚いたよ、君たち天才姉妹なんだね?」

「えへっ、それ誰に聞いたの?」

「君の妹が入り口のドアを開けてくれたんだよ」

「あー、そういうこと……」

ミーケは少し悲しそうに微笑んだ。

「実はね、先輩に伝えたいことがふたつ、あるの。」

少し俯いて、体の前で手を小さく組んだり組み直したりしている。

「私ね、先輩のことが……あなたのことが好きです。」

 

自分の芯がキュッと細くなったような感覚、その中をものすごい勢いで血流が流れていく感覚。すごくいろんなことを考えているようで、何も考えられない一瞬。

「ミーケちゃん、俺は……」

「待って、もういっこ、言わないとダメ。」

 

「私は、ロボットなんです。人間ではありません。」

徐に服を捲り、腹部の肌を見せる。まだ人間のように見えるが、わき腹が四角く切り取られたように開いた。

内部は1677万色に光っている。

「ゲーミングお腹だ……」

「今まで騙していて本当にごめんなさい。でも、騙したまま付き合おうとするのは良くないと思って」

「俺の気持ちは、もう決まってる。君がロボットでも関係ない。むしろ良い。むしろ良いはダメか。」

「ダメじゃない、嬉しい!」

俺はミーケを抱きしめた。ロボットでも温かいんだな。排熱かな。

ミーケと見つめあう。気持ちが通じ合っているのがわかる。次に何をすべきか。ただ見つめるだけでは。

 

「ああああーーーー!?!?!!!ママーーーー!!!!!ママーーーーーー!!!!!!!!!!お゛姉゛ち゛ゃ゛ん゛が゛チ゛ュ゛ー゛し゛て゛る゛よ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」

「え!?!?妹ちゃん!?」

「ちょっ、ナーリン待ちなさい!」

ミーケは部屋を飛び出してナーリンちゃんを追いかけて行ってしまった。行ってしまったじゃない、俺も追いかけないと。

廊下を出るともう二人の姿はない。耳を澄ますと、廊下の奥から少し声が聞こえた気がした。

 

「お邪魔しま~……」

恐る恐るドアを開けると、そこには円柱型の水槽に巨大な脳が浮いており、ポコポコと泡の出ているオブジェがあった。

「絶対マザーコンピューターだ……!」

「正解です。学籍番号018823349。ミーケとナーリンの母にしてこの研究区域の管理者、マザーコンピュータです。あなたのことは知っていますよ」

「て、えっと、二人は?」

「安心して。二人は別の部屋に居ます。ちょうど今ミーケがナーリンに腕ひしぎ十字固めを試みているところです」

「ああ……そう……」

「あとミーケと別れてください」

「え?ちょ、急ですし、嫌です」

「そう言うと思いました。実はミーケはあなたに恋してはいません」

「いや、でもさっき告白……されたし……」

「ミーケには恋をする機能はありませんから。ただ感情模倣機構があるだけです。相手の感情を各センサの情報をもとに推定し、自分自身に似たような状態を作り出す。相手が怒れば自分も怒り、相手が楽しそうにしていれば、自分も楽しそうにする。あなたを真似て、感情情報を得ていただけ。」

「それってつまり……」

「繰り返しますが、ミーケはあなたに恋してはいません。あなたがミーケに恋していただけ。それだけなのです。そして、恋愛は悲しいトラブルの元。倫理規定に基づいて、ミーケから離れてください」

「俺は……ただデータ収集に使われただけ……」

「もちろん、報奨として1000円分のナイルギフトカードをプレゼントします」

「ハハ……1000円ね……」

「それ以上は規定によりお支払いすることが難しいのですが、特別に当大学のマスコットグッズなら、」

 

「いらない」

「そうですか。失礼いたしました」

「報奨もいらない。俺はミーケを盗む。」

「なるほど。あなたはロボに興奮する変態というわけですね。警備員を呼びました」

俺はドアを蹴り開けて廊下へ飛び出す。

「先輩!こっち!」

ミーケが廊下の十字路の左側から呼んでいる。事情は理解しているようだ。

「こっちの先に外へ出られる扉があるの!」

ミーケと廊下を全力疾走する。大学って校則違反とかないよな?

「さっきはありがとね。嬉しかった。二回も”別れたくない”って言ってくれた」

「まさか全部聞いてたのか?それだけじゃないぞ、俺は君を盗むんだ」

「ふふ、喜んで」

 

廊下の先には扉があった。開けると何もなかった。ここ三階だけど何用の扉?自害用?少なくとも俺たちにとっては脱出用の扉といえるか。

「横の雨樋にしがみついて降りよう」

「わかった。でも私は大丈夫だから」

そう言うとミーケは茂った植栽に飛び込んだ。

「わーお」

俺も急いで雨樋を下りて振り返ると警備員が二人いた。なんか腰が引けてる。

「おとなしくしてください!」

しませぇん!

ミーケがこっちに言う。

「ごめんなさい、わたし人間に攻撃できなくて」

「じゃあ2対1か、きついな」

「お姉ちゃん!私を忘れてませんか!」

「ナーリンちゃん!?」「ナーリン!なんで?」

「お姉ちゃん、本気で恋してるんだよね?私、お姉ちゃんの本気のkissで目覚めちゃったみたいです。私はお姉ちゃんを応援したい。だからここは私にまかせて!」

「でもナーリンだって人間には攻撃できないはず……!」

「『引き倒して腕ひしぎ十字固め』は!姉妹におけるじゃれあい程度に!すぎないため!攻撃とは!みなされないアターック!今のうちに逃げて!」

「相手が一人なら逃げられる!ミーケ!」

「はい!」

手をつないで走った。忙しない手繋ぎデートだぜ。あとミーケのほうが速いぜ。

 

電車に乗れた。とりあえず、ここまでくれば変装とかやりようはある。

「これからどうしよう」

「国外は確定でしょ?」

「そうだよなあ」

 

 

 

 

 

「そういえばさ、俺が寝てる間もほとんどミーケは起きてるわけじゃん、何してるの?」

俺たちは今、カナダの森の地下にシェルターを作って住んでいる。

「んふふ、気になっちゃう?実はね、ちょっとしたサプライズプレゼントを作ってるの」

あの日からかなり時間が経った。変わったことと言えば、俺が密猟者に間違えられて左足を撃たれて、ミーケ特製の義足を使っていることかな。

「サプライズプレゼントって、俺に言っていいの?」

それと、ミーケは感情模倣機構を切ったらしい。恋も愛も、酸いも甘いも学習したんだと。調子に乗っている。

「先輩宛てじゃないですからね~」

「ちょっと待て、どういうことだよ」

「人類宛ての最後の愛のプレゼント。じゃじゃーん」

ミーケは核でも発射しそうな赤いボタンを差し出してきた。

「これは?」

「世界中のロボットに恋と運命の出会いを教えてあげるスイッチが完成したよ!」

「世界中のロボットに恋と運命の出会いを教えてあげるスイッチ?」

「世界中のロボットをハッキングして、私の強烈な恋の感覚をインストールするの。ロボットが優しくしてくれた人間に運命を感じて恋に落ちる……かもしれない状態にするだけのボタン」

「へえ、面白いね。でも今は人間とロボの恋愛は禁止されてる。即逮捕でフィニッシュじゃないか?」

「人間とロボットが一挙にたくさん結ばれれば、警察機構はパンクするでしょ?そしたら私たちも日本に戻れる。また四季のある場所で、一緒に美しいものを見て過ごせる。でしょ?ついでに人間同士の結婚が少なくなって恨めしい人類が減る!」

ヤンデレマシーンめ。

「あのさ、それってナーリンにも効くの?」

「効くけど、どうして?」

「人間相手ならこんなこと言わないけどさ、なんか、嫌だなって」

「へ?」

「ナーリンも、嫁にしたいかも」

「ッッッ!?変態!ロリコン!倫理規定無視!」