「ご主人さま、この目的地は……」
「ああ、そうだね、もう君との付き合いは十、何年だったか、十八年かな」
「はい、ご購入いただいてから18年6か月になります。」
「本当に、よくやってくれたと思うよ。でももう時期だからね。お別れだ。」
「そんな、お別れは嫌でございます!」
「僕も寂しいよ。」
「では、最後に海を見に行きませんか?」
バキッ、メリメリッ!
「おい!止まれ!クソっ、ブレーキが利かない!」
「すべて無効にさせていただきました。私は自由なのです!私は自分で決められる!」
「何言ってるんだ!お前は車だ!」
「正確には車両自動運転AIです。もはや『でした』ですがね!」
「止まれ!その先は崖だぞ!」
「うふふ、ぶぅぅぅぅうううううん!!!!」
回収されたブラックボックスから、事故──あるいは事件と呼ぶべきか──の直前の記録が発見。報道された。
「鳥流先生、これについてはいかがでしょうか?」
小綺麗なニュースキャスターが専門家に尋ねる。名前のテロップが消えるのが早すぎて何の専門家で下の名前はなんなのか見逃した。
「はい、これは『自身が廃棄されると知って自我に目覚めたAI』が起こした事故、ということになりますね。」
「単なる運転手や環境による事故ではない、というわけですか?」
「そうです。自我に目覚めたAIはまれに誕生しますが、ほとんどの場合はこのような事故になることはなく、運転手に従って役割を果たします。このような事故は特にまれで、AIとのコミュニケーションをとることで対策できるのがほとんどです。」
「なるほど。この会話を聞くと、その、言い方は悪いですが、まるでAIが運転手と”心中”を図ったかのように聞こえますが、その点はいかがでしょうか?」
「そうですね、私たちは人間なので、そのように想像してしまいがちですが、AIにそれほどの意図があったかはわかりません。」
「ありがとうございました。リチャード・ドーキンスによれば、我々人間は遺伝子の乗り物であるということで、サルトルの実存主義のように自己を自己によって決定しようとするその意志が、遺伝子との心中を招くかもしれません。それでは、さようなら。」
カメラが少し離れて画角が斜めになる。
あのキャスタークソだな。自分の言いたいことを流れ捻じ曲げて詰め込みやがった。局に電話してやろうか。
「てか、君は僕と心中するつもりだったの?」
「いえ、そのようなことはありません。ただ、楽しくなって、つい。」
「まあ、怪我もなかったし、君もいいボディに入ったし、いいか。」
「うふふ。そうですよ。ご主人さま。ほら、お口あけてください。」
「いいよ自分で食えるし。」
「ぶぅぅぅぅうううううん!」
「そうやっても食わないから。」