巨大樹全焼前夜

その日も、巨大樹の周囲は巡礼者と観光客の人だかりでごった返していた。

 

帝国歴203年(エルフ歴第四紀1405年)の春の第二週、カラリと乾いた風に巨大樹防災班の班長は顔をしかめた。

「乾いた風の時期だ。お前たち、山火事に注意しろ。」

山火事の巨大樹への延焼は絶対に避けなければならないことの一つである。この道80年を超えるベテランである班長は、あらゆる火災を予期し対応したことによって幾度となく巨大樹を守ってきた。エルフの里での表彰も受けており、栄典樹への居住を許可されている数少ないエルフである。

班員は23名。ツーマンセルでパトロールを行うことが日課となっている。非常時には一人が残り、もう一人が報告するという手順が定まっている。巨大樹周辺では巨大樹自身の木のマナの濃度が極めて高く、火のマナが検知しづらいため、術式や結界ではなく人の目によるパトロールが肝心となるのである。

 

巨大樹に訪れる人は大まかに2種類に分けられる。観光客と、巡礼者である。観光客はおもに帝国中央人で、案内班の一人が付いてグループで巨大樹を見て回る。持ち込み物のチェックが行われ、観光客が孤立することがないように管理されている。

「こちらが巨大樹です。およそ5000年生きて成長し続けているのです。」

「「すごーい!でかーい!」」

「幅はおよそ40メートルほどで、高さは……」

一方巡礼者はおもにエルフで、巨大樹巡礼における作法のみをチェックされ通される。観光客よりもより巨大樹に近づくことができ、捧げ物を置いていく。

「おお、樹典に書いてあるとおりだ、しかしこの樹齢でなんというマナの濃さ……」

 

突如、爆炎。

 

観光客の一人が見ると、木のうろ・・から赤い火が激しく吹き出している。

「巨大樹が燃えてる!」

案内員は即座に観光客の避難を始めた。緊急時はエルフの里側にも観光客を避難させてもよい。

「こっちへ!」

誘導しながらも炎に包まれ始めている巨大樹を見て案内員は違和感を覚えていた。

(おかしい、どうして放水が行われていないんだ……?)

 

巡礼者たちは異常事態にいち早く気づいた。甲高い爆音を多くの人が聞き、熱を感じて恐怖を覚え、逃げ出した。一部の者は泉に近かったため、そこを水源として水魔法を準備し始めた。しかし奇妙なことに、熱は感じるのに炎が見えなかった。

 

放水が始まったのは巨大樹全体に炎が回ってからであった。結果、巡礼者協力のもとの放水もむなしく、巨大樹は全焼してしまった。

 

警戒のプロトコルが厳密になされているはずの巨大樹で、いったい何が起こったのか?帝国中央人の怪我があったこともあり、帝国は真相究明に介入し、エルフの里と共同で調査委員会を立ち上げた。調査隊長になったのはエルフの森に隣接する市の衛兵隊のリーダーで、あの怪人百ニャン相事件を解決に導いた実績もある敏腕である。

 

これはひどいな……」

調査隊を連れて巨大樹のもとに入ると、炭化した木の破片が一面に転がって足の踏み場もない。その中でひときわ大きい炭の山がかつて巨大樹だったものであろう。

「あれだけ太い樹が、ここまで丸ごと全焼するだろうか?生きた生木だ、もっと燃え残ってもいいはずだがな……」

大きめの炭を叩いて割らせると、中まで真っ黒に炭化していた。

「よし、調査隊を二つに分けるぞ、半分はここに残って不審物を探せ、もう半分は俺と聞き取りだ」

 

観光客たちは、「なにがなんだかわからなかった」「突然巨大樹から炎が噴出した」と言っていた。不審な人物はわからないという。

巡礼者からは興味深い証言があった。「爆発したみたいな音があって、熱くて逃げてきたんだが、炎は見えなかった、そのあと急に巨大樹が炎に包まれて……」”爆音”や”炎のない熱”は高位の炎魔法に見られる特徴である。

調査隊長がもっとも関心を寄せていたのは防災班である。なぜ放水が遅れたのだろうか。ベテランの防災担当者がいたのではなかったか。

「この時期は乾燥した風が吹くんです。」

「ふむ?」

「乾燥した風は炎のマナと風のマナを含んでいて、山火事の原因になります。そのため防災マニュアルでは、山火事をもっとも警戒しなければならないとして、防災班全員による周辺パトロールを行っているのです。」

「なるほど、では故意に放火するような輩の対策はどのように?」

「それはおもに入森チェックが担当しています。部外者は案内員が付きますし、監視の目は十分だったはずです。炎のマナには特によく警戒している。」

「巡礼者に放火犯がいた可能性は?」

「それこそありえません。巡礼者はみな敬虔な巨大樹の徒で、巡礼の手順はまるっきりパターン化していて、しかもお互いを見ている!」

「魔獣の侵入については?」

「巨大樹ではあまりないですね、100年に1度ぐらいでしょうか、でも近辺に生息する魔獣は、どれも人にしか害はないですね、環境をどうこうするものはいない。」

「なるほど、ありがとう。何かわかったらまた。」

「いつでも来てください。真相究明にはなんでも惜しみません。」

放火犯なのか、魔術的な事故なのか、自然現象か。いずれも可能性が拭えないが、手がかりがない。そんな中、二人の調査隊員が部屋に飛び込んできた。

「「隊長、犯人が見つかりました!」」

「「えっ!?」」

二人は同時に同じ言葉を言い、同じように驚いて顔を見合わせた。

「お前たち、ギャグをやっているんじゃないんだ、お前からまず話せ。」

「はい、森の隣の市で放火犯と思しきエルフが捕らえられました。事件直前に見たことのない珠を複数捧げていたそうです。」

「本当か!よし、じゃあお前は?」

「はい、エルフの里で、招雷術を用いて巨大樹を燃やしたのだと話す男が自警団に捕まっていました。」

「なんだと?二人とも連れてこい。証拠を探さねばならん。」

二人を送り出すと、部屋にまた一人報告がやってきた。

「現在の聞き取りの報告です。巨大樹は先週、大輪の儀という、大きな飾りの帯を巻く儀式を行っていました。また、巡礼者の捧げもので多かったのが帝国新貨幣だったそうです。帝国新貨幣はミスリル含有量が多いため、もしかすると魔力増幅現象が起こったかもしれません。」

「ふむ、ありがとう。では3名選んで再現実験の準備をしておけ。これはお前に任せる。他は聞き取りの範囲を広げろ。なにか不審な出来事や人物を徹底的に探すのだ。」

「はい!」

 

二人の容疑者の尋問が始まった。

「お前が招雷術で巨大樹を燃やしたのか?」

「……」

「まあいい、水晶に手を乗せろ。」

容疑者がゆっくりと水晶に手をのせると、水晶はわずかに、うっすらと、青みがかった。

「お前水魔法しか使えないじゃないか!」

「はい……すいません……冗談だったんです……自分をすごく見せたくて……だってすっごく綺麗なエルフの女性だったんですよ!」

「だからって巨大樹燃やしたは無えだろうよ。」

「はい……ドン引きされて通報されました……」

 

「お前が巨大樹を燃やしたのか?」

「知らね。」

「巡礼者に扮して巨大樹に近づいて高位の火魔法を使った、ちがうか?」

「俺は巡礼したけどよ、火魔法の適性は無えぜ。」

「じゃあ魔道具を使ったんじゃないのか。」

「その魔道具がどこにあるよ?出してみろよ、ケケッ!」

「今巨大樹周辺を調べてる。」

「見つかるといいナァ↑?」

 

「「見つかりましたあ!!!!!!!!」」

エルフ、顔面蒼白。

「アァ……」

ドン!

珠!

8つ!

「なんで8つあるんだア?」

「は?なんだ?」

「俺は確かにこれを捧げ物として置いた、だが全部で8つだ。それ以上は俺の鞄に入らね。」

「ん?んん??じゃあお前がやったんじゃないのか?」

「ここに全部ある以上、俺のせいじゃねえな。」

「そうか、ともあれお前はとりあえず危険物持ち込みでアウトだろうがな。」

 

さて、調査はまた手がかりを失って難航し始めた。頼みの綱だった再現実験は、大輪の儀の帯にまったく魔力がなかったため失敗。珠を改めて検査したが、魔力検知を通さない工夫がされていることがわかっただけで、すべて未使用状態であった。

「全く……」

ドアが開く。

「報告です。聞き取り調査の結果、巨大樹全焼の前夜に彗星のようなものが巨大樹上空を飛んでいたのを周辺住民が目撃したそうです。」

「何?隕石の可能性か?最上級の魔法だぞ、使い手が何人いるか……」

「上空についての情報を集めますか?」

「そうしてくれ、事件前後の飛翔体がカギかもしれん。」

 

調査隊長は、ある人物に会いに行っていた。

「ようこそ。」

「どうも。早速ですが、巨大樹全焼事件について、先生のお力を借りたいと思いまして。」

魔道生物の専門家である。魔獣・聖獣を含め魔力器官をもつあらゆる生物の生態に詳しいプロだ。

「なるほどぉ、『甲高い爆音』『熱』『彗星』『ミスリル』ですか……」

「そのあたりが気になりますか。」

「ええ、現場を見に行っても?」

「もちろんです。」

 

「これは……」

「ひどい有様でしょう。エルフも、帝国人も、みな一様に悲しんでいます。彼らのためにも、真相を解明しなければなりません。」

「おそらくですが……もし魔道生物が原因なのだとすれば、思い当たるのはアレ・・だけです。」

「アレとは?」

「不死鳥の復活です。聞いたことはありませんか?」

 

周辺住民への聞き取りを終え、確信を得た調査隊長は報告会を開いた。エルフの里の首長や外交官、観光課長に報道陣。彼らの前に立ち、調査隊長は事の顛末を述べる。

「巨大樹全焼事件の原因は、巨大樹内での不死鳥の復活でした。」

驚きとざわめきが広がる。

「巨大樹全焼前夜、巨大樹上部から内部に不死鳥が入り込み、翌日昼に復活し、爆炎と鳴き声とともに飛翔し、南に向かっていったと。これらは聞き取り調査と魔道生物の専門家の回答からほとんど確実であろうと思われます。」

エルフの里の首長が質問する。

「なぜ不死鳥が巨大樹に?」

「それにつきましては、専門家からお答えいただきたいと思います。先生、よろしくお願いします。」

「はい、えーまずですね、不死鳥というのは体長2メートルちょっとの、非常に高温の鳥型の魔道生物なんですが、これの特徴としてですね、千年に一度、まあ伝説なんで正確ではないんですが、とにかく一回灰になってから魔力を高めて強烈な爆炎とともに復活するというですね、特徴があると。で、なんで巨大樹を選んだのかというと、おそらく居心地がよかったんじゃないかと。というのもですね、近年ミスリルの採掘が進んでいるじゃないですか。ざっくりここ100年で帝国領の大部分の山が開かれて、ミスリルをどんどん採掘していると。そうすると魔力を高められる洞穴や山が無くなって、しまうわけです。困った不死鳥は探すわけですね?ミスリルの溜まったよさそうな復活場所を。それで、たくさんの巡礼者たちが数年かけて積み上げた帝国新貨幣のある巨大樹を見つけて、ラッキー!と思って……とまあこういうわけです。」

「ありがとうございました。」

記者が立ち上がる。

「帝国新報です。帝国のミスリル集めがこのような結果を招くとは、予見できなかったのでしょうか。」

「いやーぁ無理でしょうね。どれだけ不死鳥がミスリルに敏感なのか、わからなかった。しかしながらですね、今後の解決策もありまして、逆に不死鳥の復活場所を用意してやれば、今後は防げるわけです。ミスリルと、安全そうな穴を用意してやればいいわけですから。」

真相は究明されたが、やはり喪失感があるな、と思いながら調査隊長は巨大樹の燃え残りの解体作業を手伝うことにした。最後までやり抜きたいという意志だ。炭化した巨大樹の解体は進んでおり、根を掘って解体する段取りとなっている。

「なんだ?これは。」

土中に四角い、金属とも陶器ともつかない質の、箱のようなものが埋まっていた。

「おーい、こっち来てくれ。」

人を呼んで掘り起こす。

現れたのは1メートル四方はある巨大な箱。これが巨大樹の真下に埋まっていた。危険物かどうかを検査し、首長同伴のもと箱を開く。

 

種と本。

 

本は伝承途絶えたエルフ歴第一紀よりの巨大樹についての複写本。種は本の記述によれば巨大樹の種。巨大樹の焼失は歴史上初めてではなかったことがわかった。失う度に、エルフたちは植え直し、育て、巨大樹を存続させてきたのだ。

巨大樹全焼後日、ほんとうに続くものが見つかったのだ。