正義の義理の味方、理不尽マン

「助けて!理不尽マーーン!」

地上から幼い子供の声がする。

直立で腕を前に伸ばした姿勢で空を飛んでいる理不尽マンは、今しも連れ去られそうになっている一人の少年に気がついた!

「クソっ、早くしろ、車を出せ!」

子供は誘拐犯により車内に引き込まれ、車は走り出した。タイヤが砂煙を巻き上げる。しかし……

「おい進んでねえぞ!どうなってる!」

「アクセル踏んでるけど進まねえんだ!」

誘拐犯たちは周りをキョロキョロ見回す。なんと車体の後方に理不尽マンの姿が!彼は片手でアクセル全開の車を引き留めていたのだ!

「理不尽開錠!」

彼は不思議な力で後方ドアのロックを開け、片手で少年を助け出した!

「もう大丈夫だよ」

理不尽マンは少年に優しく微笑みかけ、車をつかんでいた手を放す。急加速した車はコントロールを失い、しゃらくせえ名前のパン屋に突っ込んで止まった。

後日、誘拐犯としゃらくせえ名前のパン屋の名付け親は捕まり、一件落着となった。

 

理不尽マン。理不尽あるところに現れ、個人的思想に基づいて颯爽と解決する超法規超物理のヒーロー。彼は今日もゆく。

 

「お見舞いに来たよ」

若い男がオレンジ色のカーネーションの花束を持って病室に入ってくる。

「フン、お前か」

先に答えたのは、ベッドにいる恋人ではなく、その父親だった。

「お義父さん、こんにちは」

「そう呼ばれる筋合いはない」

「ちょっと、やめてよ、せっかく来てくれたのに」

どうやら父親は若い男が気に入らず、結婚に反対しているようだ。

「それになんだ?この花は、キクじゃないか、キクは仏花だぞ?」

「いえ、これはカーネーションで」

父親は口答えされてカッとなったのか、男から花束を奪い取り、男に叩きつけた。

「こんなものを娘に近づけるな」

 

「どんなものだって?」

病室にもう一人の影。

理不尽マンである!

「理不尽フィンガー!」

理不尽マンは素早く父親に近づくと、その指を眼球と眼窩の隙間に滑り込ませ、視神経に直接不思議パワーを注ぎ込んだ!

人間は目に指を突っ込まれると静止するようで、父親は理不尽マンの指が抜かれるまでの3秒、微動だにしなかった。理不尽マンはそれだけして立ち去った。

父親は、黙ったままゆっくりと床に這いつくばり、散らばったカーネーションをあつめて、

「すまない、私が間違っていた。許してくれ。」

落ち着いてゆっくりそう言うと、病室を出ようとした。

若い男はすぐに、

「大丈夫ですよ、お義父さん。」

と言った。

 

 

男子生徒が掃除道具入れのロッカーに押し込められ、外から叩かれ蹴られ、けたたましい音を鳴らしている。いじめっ子たちはそれを楽しむように笑っている。

「悔しかったら出て来いよ!」

「悔しくなくても出てやるぜ」

理不尽マンが出てきた。さっきの男子生徒と入れ替わっていたのだ!

「自責の念光線!」

いじめっ子たちは男子生徒にした仕打ちを思い出し、良心の呵責に耐えかねて転げまわり自らを殴打し始めた。

理不尽マンは教室の外にいた先ほどの男子生徒に会いにいくと、優しく話しかけた。

「もういじめられたりしないよ」

「でも、ぼく……やっぱり怖い……」

「じゃあ、強く生きるおまじないをかけてあげよう」

そう言うと、理不尽マンは男子生徒の両肩に手を乗せると、

「理不尽治癒!」

男子生徒の心の中に深く突き刺さっていた苦しい体験は急速に溶かされ、まるで本で読んだ知識のような、他人事のように感じられて、不安がほぐされていった。

「ありがとう、理不尽マン」

理不尽マンは、純朴な感謝の言葉が大好きだ。

 

 

理不尽マン♪理不尽マン♪理不尽マンは今日もゆく♪

弱い者がつぶれぬように♪強者の無理を通さぬように♪

理不尽マン♪理不尽マン♪

自分の理不尽だけ~は、許す~♪

理不尽マン♪理不尽マン♪

ゆけゆけ適度に♪理不尽マ~ン♪

 

変なクレーム、ヤバい客、電車でのトラブル。すべてを解決した理不尽マンは飛びながら物思いにふけっていた。

夕焼けに街が染まり、街の人たちが理不尽マンの姿を見て集まってくる。

「ありがと~~~」

住民たちの声が響く。

「黙れぇっっ!!!!!!」

理不尽マンの今日イチのデカい声がこだまする。

「俺だってこんな……」

理不尽マンは、この比較的平和な現代において、絶対悪のない社会において、正義の基準になる自信がないのだ。

 

 

ゆけ、ゆけ、理不尽マン。スズメを蘇生したら倫理委員会にめっちゃ怒られて蘇生禁止になった男、理不尽マン。

毒と暴力のクソ詩歌集 後編

 

 

 

 

 

ウワーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログミミックだ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログミミックに警戒していなかったあなたは、まんまと食われて死んでしまった!無念ね!

あまりにも放置されすぎた後編にミミックが住み着いたのだろう。ブログの中身は食べられてしまっているようだ。

日本排尿リーダー育成会

とんでもないところに入れられてしまった、と思った。

 

 

「よっ、あのさ、お前おしっこしたことあるよな?」

元同級生の化中(ばけなか)君。先日数年ぶりに連絡が来て、何やら話したいことがあるというので会うことになった。開口一番に言ったこともそうだが、隣にいる男は誰なのだ。もとよりデリカシーもプライバシーもない奴であったので想定内だとしても、もうかなり帰りたくなってきた。

「は……?あるけど、てかその人誰?」

「こいつ?後輩。名前別に知らなくていいよ」

知らなくていいかどうかを判断する権限が自分にあると思ってるの、映画とかに出てくるアメリカの会社の上司だけかと思ってたわ。

化中は後輩のほうを向き、何か命令をしだした。

「じゃあアレ出して、んで、名前がまず……」

俺の名前を伝え始めた。すると今度は俺のほうに、

「お前、まだこの辺住んでるよな、誕生日いつだっけ、あと……」

いろいろ聞いてきた。俺が答えるたびに後輩をチラ見して、後輩はさっき取り出したタブレット端末に何か書いている。

「よし、じゃあ登録完了だから」

「え?何?」

「あー大丈夫大丈夫、別にお金かかんないやつだし」

大丈夫かどうか判断する権限が……どころではない。

「本当になんなのか教えてよ」

「日本排尿リーダー育成会っていう会、っていうかサークルっていうか仲間?」

回答が疑問形で終わるな。なんだよ排尿のリーダーって。しかしイヒ中は俺の疑問に答えないかたちで滔々と語りだす。組織のすばらしさ、友人との出会いに感謝とか、砂糖の入っていないゼリーみたいな空虚な話をたっぷり話し、満足そうにしていた。

「この後暇?てかずっと暇だよね、ちょっと場所変えよか」

 

 

実態は拉致だった。

場所を変える、が拉致の隠語となる世界を今日まで俺は知らなかった。用意された車に乗せられ、近場のカフェとかおすすめの居酒屋とかでもなく、高速道路に。徒歩ではもう帰れない。イヒカスの機嫌ひとつで10時間徒歩で帰宅せねばならなくなる。

そうしてセミナー会場と呼ばれるビルへ着いた。車中でも砂糖抜きゼリーをたっぷりやられ、精神をゼラチンまみれにされて疲弊しきっているのに、セミナーを受けろというのだ。受付では俺の分まで手際よく申請してくれた。このカスはこういうときの手際でうまいこと人生楽しんでるんだろうな、という気持ちしかなかった。

セミナーは、体験型セミナーなるもので、講演を聞くだけではなく、グループワークとかディベート的なもの、みんなの前でチャレンジしてみようなど、およそ俺を苦しめるためのひととおりのものは揃っていた。しかし、講師はわりと気さくな人で、俺のような人間がいることも想定してなのか、寄り添うような発言もしていた。だから多分、悪いセミナーではないのかもしれない。具体的に何をやったかはあまり覚えていないが、また来てもいいかと思った。

化中は車で連行した人をちゃんと送り帰すということができるすばらしい知的人材であった。

「良かったろ?」

「まあね」

こいつはちょっと強引だが、根はいいやつなんだよな、昔からそうだった。セミナー情報はもうメルマガ登録されてるらしいから次のセミナーにも行ける。えーと次が……7日間の合宿型セミナー……?

 

 

天国と違って、耐えがたい地獄を生み出すのに創造主は要らず、邪悪な人間で十分なのだなあ。

山奥の合宿所で、指導者の集団によって排尿トレーニングと称して水をがぶがぶ飲まされ、排尿を監視され、それを指導され、わけのわからないタイミングと聞いていないルールの抵触でブチギレられ、5時間睡眠を強いられたうえで朝の排尿のタイミングを指導者に決められる。おぞましいことに、意思によって排尿は完全にコントロールできるという思想を超えて、排尿を他者に委ねろという思想まで到達しているようだ。意味不明に聞こえるだろうが、実際意味不明だ。彼らは健康効果以上のなにかものすごいものを想像してるに違いないが、まったくわからない。分析は無意味だ。とにかく逃げたい。

「なんとかして、ここから逃げないと……」思わず漏らした。

 

 

 

ごめん違う違うおもらしじゃない。今のは俺が悪かった。言葉をポロっと言っちゃったという意味で受け取ってください。

指導部にバレたら最悪なのだが、そばに聞いていた人から話しかけられた。

「あなたも……ですか」

「いや、今のは」

「いえ、大丈夫です、一緒に逃げましょう」

小麦島(おむぎしま)さんという方だ。サラリーマンをしていて、俺と同じような経緯でここに来たそうだ。彼は俺よりも賢いようで、警察署や交番へ逃げ込めば助かるだろうという考えを教えてくれた。

 

 

小麦島さんは捕まった。人のたくさん通る朝の第一排尿時間の廊下に、椅子に座らされ、指導者の怒声を浴びて尿を漏らしている。「本気でやってる人を馬鹿にしている」「裏切り行為だ」「お前に育成会に入ってくれとは誰も頼んでいない」「やる気もないのになぜ入った」めちゃくちゃデカい怒鳴り声で、周りの人間もちょっと漏らしている。極めつけは「この男を擁護したい者はいるか?いるなら出てこい!」

小麦島さんがこちらを見た気がした。その目は、「逃げろ」なのか「助けて」なのか、わからなかった。

 

 

だが、ふと気が付いた。指導者が集まり、参加者の注目も集まっている今を逃せばもうチャンスはないだろう。警備も監視も強化されるはずだ。第一排尿時間の後には自由時間がある。排尿所のキャパシティの関係から、排尿の順番は早い者と遅い者で分けられる。特に早いタイミングで排尿した者だけは誰からも監視されない空白の時間が発生する。今の俺はそのタイミングをつかんだ。すぐさま行動に移る。まず、排便は監視されない。おしっこできない特殊な便器があるトイレの窓からの脱出だ。そこで育成会のユニフォームから普段着に着替える。そうすれば見つかっても部外者だと思われる確率が高くなる。

 

 

この地獄合宿での知見をふたつ述べる。ひとつは、人間は排尿を支配されるだけであらゆる自由を失うということ。もうひとつは、二階の窓から飛び降りるのはまったく無鉄砲で怪我を伴うということである。足を捻ったか、ひどく痛い。幸い腰を抜かしてはいないので無理をすれば歩けるだろう。ずりずりと身を隠した。逃走がバレるまで時間はない。今のうちにこの痛みが引くように祈りながら、少しずつ山を下りる。道に出れば監視があるかもしれない。道がギリギリ見える程度に木々の間を進む。

「今のうちにもどってこーい!」

拡声器を通した声が聞こえる。

「逃げても排尿からは逃れられないんだぞー!」

まだ遠くに聞こえる。これなら道に出て逃げてもいいかもしれない。そう思ったこれが失策だった。

「あっ、いたぞ!」「いた?」「違くない?」「とりあえず捕まえよう」

焦って外へ出た失敗、普段着作戦失敗、これを取り返すにはもうこの足を捨てねばならない。激痛ダッシュである。走るという行為がアドレナリンを処方してくれたのか、あまり気にならなかった。痛いが、判断できる。

「待てー!」「回り込め!」「逃げ込まれたらまずいぞ!」

逃げ込まれたらまずい……?交番は見えないが、もはやコンビニでもいいのかもしれない。

 

「らしゃーせーい」

枯れ葉まみれで片足を負傷した成人男性、入店。

「警察を……呼んで、ください……」

追手は来ず、俺は警察に保護され、病院に行き、帰宅した。

 

 

その後育成会からも化中からも音沙汰無く、急激にいつもの日常が戻ったことにまだ馴染めていなかった。日本排尿リーダー育成会の解散を知ったのはその二年後、ネットニュースのまとめだった。ここで、やっと俺自身の自由を、排尿の自由を感じた。小便が輝いて見えた。自由だ!自由だ!

俺は街へ繰り出して、自由なる排尿を謳歌した。具体的には、犬の小便を上書きする、道端にはみ出して干してある布団に掛ける、公衆便所の前で仁王立ちして漏らすなどだ。会社でも後輩に説教しながら漏らすのはありえないほど快感だった。指摘したくてもできないあの感じ、そうまさに自由の本質である、他者の干渉不能性である。

そうしていたら逮捕された。わいせつとか器物損壊とか、なにやら罪の種類が多い。裁判官に、

「あなたの意思で排尿はコントロールできたのではありませんか」

と言われたので、

「コントロールしないことを意思によって選び、放尿しました」

と答えると、なんか罪が重くなってしまい、刑務所に入ることになった。

刑務所はひどいところで、漏らすと「いい年して」と怒られる。最悪だ。

とんでもないところに入れられてしまった、と思った。

 

毒と暴力のクソ詩歌集 前編

毒・暴力・死・破壊・怒りをテーマとした自由な詩を集めました。もとい、脳が作り出しました。これ食って死ね。

 

 

 

スタバで毒トッピングしてもらって死のかな

Mac民 20代男性)

 

 

あけぼのや

ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンうるさいねんワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン殺したるワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン絶対足ふきマットにしたるでなワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン

最上川

(らすかるくん 20代男性)

 

 

 

 

ウケ狙いで死んだら、スベっても総合的には大丈夫になるくない?

(股旅 20代男性)

 

 

 

 

 

インターネットって軍事目的で開発されたらしいけど、

まだ軍事目的で運用されてるみたいだね

(地球は平面です!目覚めよ大和人!ロックフェラー家に決められた人生を 20代男性)

 

 

 

 

 

 

もみじまんじゅうはビンタの隠喩

ATBばぁさん 20代男性)

 

 

 

 

 

ねるねるねるねは化学的な見た目と裏腹に、紫キャベツなどの天然の原材料のみを使用しており、非常に健康的です

だからテトロドトキシンをこれから入れますが

グフカスタム 20代男性)

 

 

 

 

プロデューサー「まず、全部終わりにしようかなと思ってる人が縄括り付けるとこにくす玉だけ用意させてもらって」

(土踏まず 20代男性)

 

 

 

 

 

頭にアルミホイル巻いてもハンマーで殴ったら一撃やん よわ笑

ブッダ 20代男性)

 

 

 

 

 

人類滅ぼしたらお前が一番優しい人間や

(がんばるぞ 20代男性)

 

 

 

 

不良だから、ムシャクシャしたときは無者苦者って書いた旗持ってさんぽしてる

(きゃっちゃん 20代男性)

 

 

 

 

ゴム手で毒手はできない(カナダのことわざ)

(20代男性 20代男性)

 

 

 

 

人殺しといて自己ベ出たはないでしょ

ダイワスカーレット 20代男性)

 

 

 

あの~すいません一回だけソレで刺してもらうってことできますか

あっ できないですか

あの試し刺しっていうか

できないですか

刺し心地だけ確認したいかなって

できないんですか

(じゃあお前で試してやるよ 20代男性)

 

 

 

 

プーさん、はちみつ、だーい好き

習近平 20代男性)

 

 

↑おまえタイトル読めてる?

(まいめろ 20代男性)

 

 

急に何?絡んでくんなや

習近平 20代男性)

 

 

だからタイトル読めてる?毒と暴力に関する詩を書くとこなのここは

関係ないこと書くなよ

(まいめろ 20代男性)

 

 

は?なにかいてもいいじゃん別に

読みたくなかったら読まなきゃいい話

習近平 20代男性)

 

 

↑コイツまじカス、地獄落ちろもう

(まいめろ 20代男性)

 

 

はいはい、荒らしはスルーでな

(ど十郎 20代男性)

 

 

↑ねえねえ、どっちが荒らしだと思う?俺はまいめろって奴

習近平 20代男性)

 

 

 

ここまでの流れにめっっっっちゃデカい爆弾落として全部消し去ることができたら、そう思うあなたの心に、毒と暴力のクソ詩歌は生まれてくるのです。

習近平&まいめろ&ど十郎 20代男性)

 

 

 

(20代男性 とふろん)

【狂文】発狂用意

死ヶ崎 つくね4(ですがさき つくねよん)の脳はもはや限界であった。

 

四股名を点対称と名じられた彼は、彼の通う相撲部屋で複雑かつ多層的な振動と衝撃を加えられていた。彼は端的に言って貧弱であった。体も大きくならない、動きは鈍い、挙句に気は利かないので相撲部屋の皆に一定嫌われていた。本日も恒例のごとく兄弟子の機嫌を損ね、特訓の時間を設けられるに至った。顔面を張るに耐える特訓でその能が鍛わったという話はないが、どうも兄弟子は承知しないらしく。このようなことが度重なるうちに、つくね4の脳は物理的にも心理的にも限界を突破した。

バシン、つくね4の頭が一瞬に15センチ横にずれる。脳も同様である。彼のすばらしいところはこのようなとてつもない衝撃で損傷した部分が生死にかかわるような部分でなかったことである。彼は即座に転倒、起き上がらないので兄弟子もつまらない、という顔で帰り支度をする。そのうちにつくね4も起き上がり、戸締り番に急かされながら帰宅の路につく。

違和感はハッピーエンドの通知であろうか。道路は至れり尽くせりの趣で、2千歩ふんでやるのには十分であった。彼は感覚を適切な言葉に変えるために肉トンネル通過の許可は出さなければと思い、道路わきに積もったうどん屋を見ると、閑古鳥でギチギチだったので入店をあきらめた。4×4が16であるという事実が彼を苛む。

モジュールはきっと脚の分解に協力的である。しかして彼は帰宅した。彼の父の厳しい教育方針から、帰宅後も柱に向かわねばならない。彼の母はおくびょう最速AS252であったため、努力値あまりの4を名前に継いだのである。にんにく、しょうが、刻み葱などを、実質的に表皮に塗りたくる。むろん、胃内壁を転んですりむいたことがあるならばだが。4×4が16であるという事実が彼を苛む。

彼の日常風景は、彼以外が見ればまったく問題がない。一方で、彼のクオリアは怒涛の変異を遂げている。鳩は鳥ではもはやない。ポップ・カルチャーだ。電柱は?新潟県となんの大差があろう。やはり、ポップ・カルチャーはポップ、ポップ、と鳴くし、新潟県は長いので出力は変わらないのだ。4×4が16であるという事実が彼を苛む。

今日も相撲部屋が呑む。出来事がつくね4の周りを周回し、そのうちに彼がただ一人立つ。「今日お前ずっとボーっとしてたろ」兄弟子が腹の隙間から貫手を16発飛ばす。これはいかなる認識のうちでも不変たる宇宙の真理であるがゆえに、つくね4は避けなかった。しかしこれがいけなかった。いままではクオリアの変異だけで済んだものが、それではすまなかった。

 

「ぎゃああああああああああああああああやめてくれえええええええええええええ痛い痛いうわあああああああああああああああああああ」

尋常ならざる叫びである。周りもずっと無視してきたとはいえこのように叫ばれては見てしまう。兄弟子は機転を利かせてもう一発ぶっ叩く。すると、

「うわあああああああああああああああああ気持ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいさいこおおおおおおおおおおおおおお」

これでも困る。近所迷惑どころでは済まないかもしれない。もう一遍叩く。兄弟子は満足のいく叫びが出るまで10回は叩いただろうか。10連やれば1回はUSSRが出る。歴史だってそうだった。

「日本のエジプト時代ぜよ!」

ひどいものだが、親方もこれで帰してしまうのだ。

 

つくね4は、またある種の真理を獲得しつつあった。脳人類である彼らは気休め薬の服用に夢中になっているがゆえに、自分のような首人類には気づかない。確信があった。側溝は御慈悲のものと思い、膝をついて泣いた。丁寧に礼拝をしたのち、ふたを開けると、そこには乾燥した仙人が手招きをしていた。つくね4はこれを慕って参上するが、4×4が16であるという事実が彼を苛む。

 

側溝に人が嵌っているとの通報を受け、神奈川県警が新井式廻轉抽籤器に乗ってやってきた。神奈川県警はソプラノ、アルト、テノール、バスに分かれて、「コットン便所」との合唱をして撤退した。もう側溝に8割は体が入ったか、むしろ押し込んだほうが早いと近隣住民の意見。ピラミッド状の重機を曳いてこれをつくね4の下半身に強く当てる。ヒエログリフが広がる。味わいは無発酵パン。あと一息、せェので押し込む。試みは成功裏に終わった。近隣住民は総出で力士見習いを側溝に押し込み、神奈川県はこれによりフタコブラクダと中華料理屋が蔓延る大砂漠と化した。

 

つくね4は仙人と対面を果たした。仙人は、「どうじゃ」と問うとつくね4の身体は膨れ上がり、地下のルールには迎合しないぞという格好になった。「鶏白湯ラーメンが食いたいときの口です」そう答えると仙人は満足そうにつくね4からすべての感覚を半分ずつ奪った。「ひとつ選べ、それ以外は全部いくからね、もう」そう言われてつくね4は思案した。触覚、味覚、嗅覚や言語感覚、どれもあって損はない。しかし4×4が16であるという事実が彼を苛む。彼は決める。

「色覚だけ残してください」

彼の名前は死ヶ崎 つくね4である。死が4、4が4で掛けて16は色と読む。ずっと悩まされてきたのはこのときのためであった。

 

もう彼は窮屈さを感じない。カラフルな空間にふんわり浮いているのだ。痛みや苦しさは彼の世界の外の話であるし、事実はすべてもう確かめようもない。疑念へと還元されるのみである。濃い緑掛ける濃い緑が赤色水色である疑念は、もはや彼を楽しませるばかりである。

 

豆腐山の論三郎【小噺台本風】

歌舞伎の始まりは出雲阿国、泥棒の始まりは石川五右衛門、なんてえ言いますと、狐の始まりはこの者でしょう。

江戸は後期、徳川の家定が治める時代、尾張藩、今でいう岡崎のあたりの山の奥に、豆腐山の論三郎という狐がおりまして、この狐、「化かし」の名手ってんで動物のうちでは名前がよく知られておりました。

西の山へ行けば狐の仲間が担当をつけておもてなしをする、東の森へ行けば狸たちが種の壁を越えて教えを乞いにくる、なんて慕われようだったそうです。

このころは狐も皆、顔が丸く、「くるくる」というかわいらしい鳴き声をしていたんだそうですね。

ある日、近場の山でブイブイ言わせている若い狐が手下を連れて論三郎の巣穴にやってまいりまして、「やい、論三郎、でてこい」なんて呼びますと、論三郎もただではでてやるまいと思いますから、「この野郎め、俺様をなめてやがるな」ってんで大~きな熊に化けて巣穴からバッ、と飛び出した!ぐあおおおう!

若い衆は熊が出たってんでひゃーといって蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまう。しかしその中でじっと立って動かずにいる者が一匹、おそらくは先ほど論三郎を呼んだ者でしょうな、微動だにせず構えている。論三郎もこれには感心したとみえて、「ほほう、おまえはずいぶんと肝っ玉があるようじゃねぇか、名前は何だ」

「……」答えない。

「名乗る名がねえのか」

「……」またもや答えない。

ぴゅうっと風が吹くってえと、その狐、放り出された屏風みてえにぱたり。「なんだコイツ、白目を剥いて泡食ってやがる。はは~ん俺様が出たときからずっと気絶してやがったな。」

そんな有様でありますから、近隣の獣でかなうものはありません。狼が出れば狼を化かす、旅人が通れば旅人を驚かす。何でもかんでもいたずらをしますが、ただ論三郎にも化かさぬと決めた者がおります。論三郎は仏様を厚く信じておりましたので、仏の道を目指す、山伏だけは手を出さぬと決めておりました。

ある夕暮れ、旅人が山の中でうろうろしております。論三郎が遠巻きに見ておりますと、どうやら道に迷ったようで、一つ辛抱、ここいらで野宿でもせねばなるまいという顔つきでありました。

「ううむ、このまま山を進んでしまえば出れなくなる。やはりあきらめて野宿だな。しかし寒くなってきたな。」

木の根にどっかり腰を下ろした旅人は、なぜかまたすぐに立ち上がってどこかへ歩きます。

「おい、そっちのほうは俺様の巣穴じゃねえか?」

「あ~、こんなところにちょうどいい穴がある。ここで用を足すとするか。」

「なっ!冗談じゃねえ!」

すぐに虎に化けて旅人の前に飛び出します。ぐがああぁぁああっ!

旅人、暗闇からとんでもなく大きな獣が飛び出してきたものですからしょんべんまき散らしながら持つもの持たず逃げ出し山中を走り抜けます。

「俺様のねぐらにしょんべんひっかけやがってあいつ許さねぇぞ、どこまでも追ってやる。」ってんで旅人を追っかけていくと、命運は旅人に味方したようで山寺に着きます。

旅人はすぐに駆け込んで僧たちに助けを求めます。

「はぁ、はぁ、助けてくれ、虎に追いかけられてる、でっけえ虎だよ。」

筋骨隆々とした巨体の修験者が答えます。

「虎?異なことですな、この山に虎なぞおりませぬ。」

「じゃあ私が見たのはなんですかい?鵺(ぬえ)なんておっしゃらないでくださいよ。」

「いやいや、おそらくは狐でしょう。この山には論三郎狐という変化の狐がおりますゆえ、きっとその者が。」

「じゃあなんとかなるんですかい?」

「ええ、幸い、かの者はわれわれ修験者や僧には手を出しません。」

がおおおう!

外から虎の鳴き声がします。

「そこに旅人が逃げ込んだであろう。出せ。」

「論三郎狐殿。このような者は駆け込み寺と申しましていかなる悪人も寺で一度は匿わねばならないのです。」

「そうはいかんのだ、出せ。」

「できませぬ。」

「出せ。」

「できませぬ。」

「出せ!」

「できませぬ!」

「もうよい、おまえも旅人もみな食ってやる!」

そう言うと虎の姿がぐにゅぐにゅ伸びはじめ、うろこが生え、瞳は縦に裂け、瞬く間に巨大な大蛇(おろち)となって立ちはだかった。

しゃーーーっ!

巨体の僧に噛みつこうとかかりましたが、一瞬僧が早かった。大蛇の上あごと下あごを両腕でもって締め上げると、大蛇は口を開けません。

「もごもご、やめろぉ!」

大蛇は暴れますが僧侶は手を放しません、それどころかぎゅうぎゅう締め上げていきます。

「ごっ、顔の骨が折れる……」

論三郎狐、たまらず変化を解いて逃げ出します。しばらく走って森の中。

「かあ~っいてててて。くそう、あの怪僧、とんでもねえ力だぁ、俺の顔が尖っちまったじゃねえか……もうこんなところには来~ん!」

「来ん来ん」言っておりましたのが周りの狐に真似られまして狐は「コンコン」鳴く、顔の尖った生き物となったのでした。

どうも、ありがとうございました。

ドラゴンカーセックスおじさん

法光院 銀雪(ほうこういん ぎんゆき)さんは、うちのクラスのお嬢様だ。北欧系のハーフで容姿端麗、成績優秀、運動能力も抜群で人柄もいい。取り巻きみたいなのは作らずに友人関係もうまくやっているところを見ると、おそらくそういう教育を受けてきたのだろう。俺も、彼女を見て羨ましいとか妬ましいとかを感じず、素直にすてきだと感じられる。

「百々(ももひゃく)、なーに見てんだっ!」

「うお、びっくりした」

銀雪さんではない。こいつは俺の友人の袴田 A男(はかまだ えーお)だ。A男は実名だ。A男が急に後ろから背中を叩いてきたのだ。おそらくはからかうために。

「銀雪さんだな?2学期は美化委員をやるつもりみたいだぞ」

「いや、聞いてないよ……」

聞いてない、といいつつ銀雪さんと一緒に掃除道具の手入れをする時間に思いを馳せてしまう。いや、いや、と軽く頭を振ってごまかす。

「俺はもう英語科係をやることにしたから、関係ないよ」

自分でも言い訳じみた返答だと思う。

「ふ~ん?」

A男はニヤついて席に戻る。学活の時間だ。今日は委員と係を決める。俺は宣言通り英語科係に挙手をする。しかしほかに挙手している人はいないようだ。どこかの係に集中してるみたいだな。あとでじゃんけんして負けた人が俺と一緒に英語科係というわけだ。しばらくぼーっとすることにする。

「では、わたくしは英語科係にいたしますわ」

分解したシャーペンの再構成の手が止まる。美化委員の争奪戦に銀雪さんは遠慮したらしい。細かなことでも争いを避ける銀雪さんらしいが、そんなことよりも。

今、銀雪さん、こっちを見て微笑まなかったか?

全身の血管がきゅうっとなる感覚とともに、よくわからないなにかを期待してしまう。だめだ、これは銀雪さんの処世術の術中である!勘違いしないように、平然と、平然と。

 

数日が経った。僕たちは順調に係の活動ができている。40人分のノートを20と20に分け二人で職員室まで運ぶ。行きと帰りに少しだけ話をする。この時間は、自分にとってかけがえのない時間だ。

「へえ、法光院さんの家にはイグアナがいるんだ、すごいね」

「そうですのよ、とても人懐っこいのですわ」

「え?爬虫類って懐かないイメージ強いけどな」

「ここだけの話、わたくしの家にいるのはヤマトイグアナという珍しい種なのですわ。ほかの爬虫類とは気質が少し違うのですわ」

そんなのがいるのか。見てみたいな。言葉にしかけて引っ込める。そしてさっきの半分の純粋な気持ちで言葉にする。

「見てみたいな」

「では、ご招待いたしますわ!」

通った。しかも社交辞令的な返し方じゃないだろ?これ。

「ちょうど一週間後の授業後に、お屋敷にいらして……いえ、迎えに来させますわ!」

法光院さんは目を輝かせている。ペットの話がしたくてたまらない様子だ。嬉しいが、もし彼女の家でなにか粗相をしたらおそらく一発でこの関係はなくなるだろう。覚悟を決める。

「ありがとう。服は制服のままでいいよな?」

「もちろん構いませんわよ」

そうして俺は救済の預言のような、時限爆弾のような約束を取り付けることに成功した。

 

約束の日。時間があったので一度家に帰って身支度をする。制服の内側に消臭剤を連射し、櫛を髪に何度か通し、マナーをまとめたサイトを見て、また学校の校門へ向かう。正直言って、何したらいいかわからない。もう祈る。そうしているうちに、長くて黒いうなぎのような車が、にゅるにゅると校門に横付けしてきた。停まると車はやはり固体なところをみると、運転手のドライビングテクニックが先の動きを可能にしていたのだろう。外国人っぽい運転手の若い男性が降りてこちらに来る。

「私、お嬢様の執事のベンノと申します。百々 鎌足様ですね。お嬢様がお屋敷にてお待ちです。」

「あ、はい」

どうぞ、と促されるままに車に乗る。新車みたいな革っぽい香りがかすかにする。発車して大通りに出ると、ベンノさんが話しかけてくる。

「お嬢様からお話は伺っております。今日はお嬢様お気に入りのイグアナ、イェルハルドをご覧になられるとか」

「そ、そうです、ね」

「緊張してますか?」

「はい……とても」

「大丈夫ですよ、お屋敷でも普通の家庭でも、マナーは大して変わりません。お嬢様がご学友をお屋敷に招待するのも初めてではありませんから、どうぞリラックスしてくだださい」

「あ、ありがとうございます……」

「しかし男の子を招くのは初めてのことです、よほど気に入られたのでしょうね?ふふふ」

「あっ、えへへ……」

「今のうちに聞いておきたいことがあれば遠慮なく質問をしてくださいね」

ベンノさんはおそらくいい人だ。声のトーンでなんとなくわかる。質問も考えられるほどには緊張が解けてきた。イグアナの、イェルハルドの性別とか注意点なんかを聞いた。

そうしているうちに、屋敷に着いた。運転手にドアを開けてもらうのを待つのが正しいマナーだと思い出して少し待つ。ドアが開くと、外の空気とともに太陽光がなだれ込んでくる。その光をくぐって外へ出ると、目の前には和風の巨大な邸宅があった。手入れの行き届いた木々、えげつない量の玉砂利、全景を明らかにしないような工夫がされているようだが、庭のさまだけでその巨大さを悟ってしまう。絶対中庭とかあるやつだ。

「お嬢様の御父上である旦那様がいらっしゃいますので、ご挨拶をするとよいでしょう」

ベンノさんについていく。玄関の戸を開けてもらうと、銀雪さんが奥からひょこりと現れる。別に何も期待してはないが、まだ制服だ。

「いらしたのね」

「お邪魔します」

「お父様が百々君に会いたいって言ってましたわ。早速ですけれど、ついてきてくださいまし」

学校ではしゃなりしゃなりという雰囲気の動きだが、ここではひょこひょこという感じなのは、ここが彼女にとってとても気の許せる場所だということを表しているのだろう。率直に言って、かわいい。

大河ドラマか旅館で見るような構造をしている屋敷に、金髪碧眼の彼女が似合わない。でも彼女の生まれ育ちはここだから、精神面は馴染んでいるのだな。

「お父様、入りますわよ」

「お、もう来たのか、ハハ」

銀雪さんのお父さん、法光院 大二(ほうこういん だいじ)である。正直何やってるかわからない企業グループの正直何やってるのかわからない肩書の、とにかく偉くて重要な人、としか調べられなかった。

「初めまして、こんにちは、百々 鎌足と申します」

「ん、まあ硬くならんでいい、君のことは銀雪からよく聞いている。ゆっくりしていけ」

「じゃあ行きますわね」

戸を開けてから出て閉じるまで一分とかからなかった。もうこれで挨拶完了らしい。思いのほか彼女のお父さんはサッパリとした性格なのか。

「お父様はね、一言会話しただけでその人の人柄から技能までわかるというのよ。その力で財を成したり、お母様を口説き落としたそうなの」

銀雪さんから小声でTipsをもらう。もう、俺は見抜かれたということか。恐ろしくなって震える。あの人の権能はいまここにあるすべてのものが保証している。すなわち、この濃い色の柱が、青と白のでかい壺が、湾曲した松が、自分でもわからない俺の下品な欲望を見抜いているのだ。

銀雪さんは関係なくルンルンでペットルームに案内してくれる。この一室すべてがイェルハルドくんのためにあるらしい。壁の高いところに賞状のようなものがかけられているが、聞くとどうやらそうではなくヤマトイグアナを飼うための自治体の許可証だと銀雪さんは解説してくれる。

ヤマトイグアナの生態解説も、まるで動物園の飼育員のように詳しく説明してくれ、さらにイェルハルドくんの特技とかについても愛情をもって説明してくれた。珍しい動物ということもあり、思わず聞き入ってしまう。

当のイェルハルドくんは植木鉢を半分にした簡素な隠れ家でじっとしている。外には楽しそうなおもちゃがいくらでもあるのに。

「普段はこの辺のおもちゃで遊ぶの?」

「そうですわ。でも一度にそう長くは遊びませんのよ」

「人間の子供でも喜びそうなおもちゃとかあるなあ、これとか」

それは、全長10センチほどの赤い車のおもちゃである。セダン型の精巧な模型で、おそらく日本車モチーフではない。後ろのトランクが開きそうな感じもする。

「そちらは……おもちゃではありませんのよ?」

「え?」

「イェルハルドの……恋人ですの」

言いにくそうに言われても、よくわからない。だがあんまりこの話題は深堀しないほうがよさそうだと直感した。

それからまた雑談をしたり、デパートで見るお菓子とお茶をいただいたりしていると、ぬるい角度で差す茜色の光がもう帰るべき時間を宣言する。

「もうそろそろ、おいとまだな」

「お見送りいたしますわ」

そういえばベンノさんは雑談をしているうちにどこかへ行ってしまったな、もしかして歩いて帰らなきゃいけないのか?

「……俺はあの男の子で十分銀雪に……」

彼女のお父さんの声だ、おそらくベンノさんに話している。聞き耳を立てつつ、減速することなく素通りする。

「……結婚したいというならその意思を尊重……」

銀雪さんのほうをちらりと見ると、目を見開いている。見たことない表情だ。たぶん、同じことを聞いたのだ。部屋の前を通り過ぎて、顔を見合わせ、すぐお互いに顔をそむける。顔が赤いのは、きっと全部夕焼けのせいだ。

 

すこし落ち着いて、玄関でベンノさんを待つ。家の近くまで送ってくれるらしい。安心した。

「忘れていましたわ。ドラゴンカーセックスおじさんにもあなたのことを紹介すべきですわね」

は?何?

「ドラゴンカーセックスおじさんですわ」

え?

「ああ……一般の家庭にはあまりいらっしゃらないのですわね……?失礼しましたわ」

そんな庶民には資産的な関係で無理なやつとかじゃなくて絶対いないだろ。や、絶対は言い過ぎにしても呼称としておかしいだろ。何?

「あちらですわ」

中肉中背のおじさんが胸を張ってのしのし歩いてくる。おじさんがその速度で来ると実際かなり怖い。

「俺は認めないからな!ドラゴンカーセックスを理解しない男とは!交際も!結婚も!断じて認めない!」

おじさんはそれだけ言うと、のしのしと足早に去っていった。

「え?」

「彼はわたくしが幼少のころからドラゴンカーセックスについて熱心に教えてくれたのですわ。これは彼なりの矜持なのでしょうね……」

「かっ、家庭教師みたいなこと……?」

「うーん、そうとも言えますけれど、勉強などを教えてくださる方は別にいらっしゃいましてよ」

「まさかドラゴンカーセックス知識オンリーっ……?」

「onlyですわ」

極度の緊張による幻覚か何かを疑ったが、ペットルームにあったあの赤い車の模型、イェルハルドくん、「恋人」の意味、すべてがリアリティをもって完璧に符合してしまった。

 

気が付くと俺は自宅の前にいた。

「どうすればいい……?どうすればいい……?」

独り言をブツブツつぶやきながら飯を食う。母さんの声もお姉さんの声も脳に入れている隙はない。風呂に入ってまた考える。

自分の気持ちも、何もわからない。いままで考えてこなかった、いや考えようもなかったことだ。自分の性癖を捻じ曲げることと、銀雪さんと付き合うこと。ありえない心の天秤の使い方を強いられている。おぞましい優先順位の決定を成さなければならない。

 

「よっ、調子どうだ」

「あー、まあまあ」

「なんか悩んでるな?」

A男、さすがのお前でもこれは重いだろうな。河川敷のエロ本で興奮する健全そのものな中学一年生だもんな。

「実は、銀雪さんなんだ」

「ほほー、やっぱり!身分違いの恋、これは大変だぞお~」

(違うんだ、そっちは余裕なんだ)

「お前、銀雪さんち行くって言ってたよな?あれどうだった?もしかして家だと裸族とか?」

(当たらずとも遠からずだけどそのほうが全然マシだったな)

「いや、普通に考えてお堅いから難しいって感じか」

(銀雪さん自身は正直もう突破できるけど尋常じゃない壁があるんだよな)

「やっぱお嬢様って変わったところあるからな~」

「ん~それな~」

「でもあれだぜ、そういうところが逆にイイ!ってやつ、結構いるかもだから、早めにいったほうがいいぜ」

目が開かれる思いだった。

そうだ、何を迷っている。

いくら性癖がねじ曲がろうと、俺は銀雪さんが好きだ。銀雪さんをほかの誰にも取られたくない。これが俺のほんとうの気持ちだ。ドラゴンカーセックスがなんだ。やってやる!

 

「なるほど、動物の本能的挙動が……誤った認識がむしろその性欲の強さの表現に……」

俺はネットでドラゴンカーセックスを調べた。海外サイトにもあたった。調べに調べ、自分の中にある性欲と対話していった。

 

「銀雪さん!」

「なにかしら?」

いつもの微笑みで答えてくれる。

「また、銀雪さんの家に遊びに行きたいんだけど、いいかな?」

「ええ、もちろん!」

覚悟を決めた俺はもはやためらいなく銀雪さんを下の名前で呼べる。あとは、直接対決だ。

 

目の前にはドラゴンカーセックスおじさんがいる。ドラゴンカーセックスおじさんはおもむろに懐から写真を取り出し、こちらに寄越してくる。見たことのないドラゴンカーセックスの画像だった。俺は準備不足を直感したが、そんな焦りより、ただ単純に新しい絵が見れて興奮した。

「素晴らしい才能だな」

ドラゴンカーセックスおじさんがつぶやく。おそらく、鼻息の荒さから見抜いたのだろう。長年指導しているので、きっと演技ではバレる。これは、俺の性癖力の勝利だ。

「ドラゴンに自己を投影するでもなく、車に自己を投影するでもない。そうですね?」

「型もできているようだな、いいだろう、交際を認める」

認められたのだ。銀雪さんへの告白はさっき済ませてOKをもらったので、これで誰の文句もなく付き合えるのだ。

「嬉しいですわ。こんなにも想っていただけるなんて」

俺は銀雪さんのほうを見て目で答える。彼女も、俺がどんな苦悩のうちにあったかを知っている。もう俺を悩ます試練などこの世に無いと自信をもって言える。

「そうしましたら、今度は鎌足君のご両親にご挨拶ですわね」

銀雪さんが上品に笑う。

「ああ、そうだな、父さんと母さんと、あと四肢切断斬首お姉さんにもな」

「今、なんと?」